随分久しぶりなリーマン更新と思ったら最後の更新は1週間前でした。
この1週間濃かったらしい。あっという間でした。
6話編がラストとなりますが、もう少しお付合いくださいませ。
6-1/リーマンココマ
小松の新しい一年は、ココの告白ではじまった。
同性、上司、どれをとっても小松を気後れさせる要素ばかりで、好意を拒むがココは諦めなかった。
正直、小松は困った。同時に、嬉しく感じた気持ちも否定できない。両方の感情にこたえを出せないまま会わなければ気分が憂鬱になり、ココのマンションへ御節のお呼ばれに行くほど煮詰まった。偶然にもココの部屋にトリコがいたのが救いだ。
くつろぐトリコにココは「邪魔だ」と容赦がない。ココの、トリコに対する容赦のなさは気安さの現れに思えて、小松はふたりのやりとりが好きだった。彼らみたいに気安い関係を、小松はココと築きたかったが(おそれ多い)の一言で憧れを片付けている。
厳しい寒さが訪れようとしていた。
「本店の味もたいしたことないな」
客にかけられた言葉は賛辞ではなかった。小松は強張った表情で「失礼いたしました」とこたえる。
「小松シェフが本店の料理長に就いた理由がわからない」
内部事情が匂う発言に、小松は探るように相手を見返した。
小松の目線に気づいた彼は皮肉気に笑う。
「中葉だ。レストラングルメのシェフだ」
男が素性を明かしても、大きな組織にある料理人の名前を小松が把握できるはずもない。小松が反応に困っていると中葉は席を立った。
「なかなかどうして、取り入るのがうまいとみえる」
と言い捨てて店を去る。彼のなかの悪意を小松は敏感に察するが、初対面の人物から敵視される理由が見つからない。それよりも味の評価の方が小松には重要だ。
――たいしたことがない。
真実ならば問題だ。そして、小松は思い当たる節がある。
(迷いが味にでた)
いやな汗が小松の背中に滲んだ。
その夜、小松はレストランの厨房を借りて料理を作った。ココには電話で終業報告をした際に、試したい料理があるといって厨房を使用する許可をもらった。年度末が近くなると、ココは先を見据えてデスクワークに精をだした。出張があれば、レストランで会えるのも週に一度になる。女性スタッフから店長不在を嘆く声が聞こえたが、小松は考えないようにしていた。考えても煮詰まるだけだ。
逃げ腰(迷い)が味にでたと小松は考えた。
「味見がおれでいいのか?」
トリコは普段入らぬ厨房にパイプイスを持ち込んで小松の調理姿を眺めている。
確かな舌と、小松の料理を以前から知る者といえば、上司のココ以外はトリコしかいない。
「夜中に味見に付き合ってくれるのはトリコさんぐらいですから」
サニーは夜九時以降の食事はしないと断言している。
「ココは?」
トリコが友人の名をだしたのは当然の流れだ。なにせ小松の上司である。味見だけでなく、相談事なら上司にするのが普通だ。
「忙しいので無理に付き合わせるのも申し訳なくて」
「おれなら申し訳なくないってか?」
「感謝してます、ありがとうございます」
なかばやけになって小松が言い返す。ふとしたきっかけで年が同じだと知ってから、小松はトリコにたいしてくだけた調子がでるようになった。所属は違うが役職はうえのトリコに失礼な態度ではあるが、彼自身が気にしない性格で小松もふたりきりのときは素に戻っていた。
だが料理をはじめると小松の心は揺らいだ。小松にとって料理は日常だ。彼の平和な日常を崩す存在がココだ。側にいない男に悩まされ、料理をする日常が揺らぐ。
(よくない)と小松自身、危機感があった。
「集中できてないみたいだな」
小松の心を見透かすタイミングでトリコが呟く。盛り付けを終えたばかりの分厚いステーキがメインの皿を奪った。肉は二口でトリコの大口に消えた。
「うまい」とトリコは言うが、「だが、うまいだけだな」とも言った。謎かけに小松は首をかしげた。
「おまえの料理は、食べて嬉しくなる料理だろ」
言外にトリコは、今の小松に欠けているものを指摘した。
「修行が足りません」
自分の感情で味が左右される料理人は失格だと小松は反省した。
「ココとなにかあった?」
思いがけないトリコの一言に、小松の動揺が表にでた。
続く