おひなさまぷれい・・・できなくてごめんなさい!!
6-3/リーマンココマ
「なにかあったのは明白だからな」
と、小松をアパートに送る道すがらトリコは言った。
「話があるならおれは聞くけど、話す気がないなら無理して聞かない」
「強いですね」
鋼の精神がなければ、自制は難しいと小松は思った。
「冷たいって言われるほうが多いぜ?」
「そうは思いませんけど?」
小松はさらりと否定する。トリコの優しさは独特でわかりにくいが、たまに小松も理解できるようになった。ココやサニーといる場合、トリコ自身に肩の力が抜けているからかもしれない。
「おれとしては、ココが珍しく・・・いや、はじめてかな、こだわりを持った奴だから、うまくいってくれるほうが楽っていえば楽だけどな」
事情を知らないまでも、思わせぶりなトリコの口調に小松は緊張した。
「あいつが直々に料理人をスカウトするなんて、よっぽどだぜ」
時期外れの人事異動に、小松は確かに驚いたものだ。
「ココさんはコンサルタルトの他に人事みたいな役目も請け負ってたんですか?」
「人事とは関わりがないぜ。おまえの場合、特別だ」
「特別?」
「本店に必要な料理人だと、会長に推薦していた。ずいぶんと見込まれたよな」
ココ自身も小松がいる会議中に「ぼくがスカウトした」と発言したのだ。トリコは問題ない情報と思って話したのだが、タイミングがよくなかった。
(あれ?)と、小松はいやな汗が滲んだ。
(ココさんは、ぼくの料理の腕を評価してスカウトしたんだよな?)
――ひと目見たときから。
ココの告白が甦る。
「ココさんって、料理というか、味というか・・・おいしいものに妥協しないひとですよね?」
「あったりまえだろ」
トリコが断言に、小松も「ですよねー」とこたえたが、
(でも、もし、本店の料理長にふさわしくないのにココさんが抜擢していたら?)
己の力不足を想像して震えた。力量が足りないのは現実として受け止めるにしても、ふさわしくないのに料理長を任されたなら怖くなる。
トリコは否定したが、一度浮かんだ小松の猜疑心は拭えなかった。
自分の知るココと、トリコの言葉を信じたいが、自信がない小松は悪いほうへと考えてばかりだ。気持ちが揺らぐ小松は、厨房でしくじり利き手に火傷を負った。
「料理長」
一番に声をかけたのは副料理長だ。厨房内の騒ぎを感じたココは、小松の手が赤味を帯びていくのを見て青褪める。
「副料理長、ここは任せる」
ココは小松とスタッフルームに移動する。長机に氷と水の入ったボウルを置いて、小松の火傷した手をつっこんだ。
痛いほどの冷たさに小松は顔をしかめるが、ココが手首を固定するため腕が引けない。ココの手も冷水に浸かるのを見て、小松は「離してください」と言うが反対に力が増した。
「うわのそらだね、最近の小松くんは」
声は低く、怒った雰囲気に小松は緊張した。
「すみません」としか小松はこたえた。最近、正しくはココに告白されてから小松は、彼の顔がまともに見られない。
「よその料理人に試されたのがショック?」
先日の中葉の件を持ち出されるが、小松はこたえようがなくて沈黙が落ちる。
「それとも、ぼくの気持ちが迷惑?」
淡々とココは聞いた。抑揚のない声だが、どれほど勇気を振り絞ったのか、鈍い小松でも想像できた。
どんな時も小松の一番は料理だ。
「ぼくは、本店の料理長にふさわしい人材でしょうか?」
小松の質問にココは一瞬、意図がわからず返答しそこねたが「もちろん」とすぐにこたえた。
「ぼくは自分が、料理人としても、料理長としても身の丈に合っていない気がしてなりません」
「唐突だね、その疑問は本来、移動の話がでたときに浮かぶものじゃない?」
ココが指摘する通り、移動の話がでたときは「恐れおおい」と気が引けたが、新しい世界への期待の方が大きかった。
「きみが、自信をなくす理由はなに?」
ココは聞いた。淡々としながらも優しい声だ。小松を思っての必死さが伝わってくる。
疑う自分が辛い。
「ぼくは自分が、本店の料理長にふさわしいと思いません」
味も迷うだけで揺らぐほど頼りない。
「ココさんは何故、ぼくを抜擢したんですか?」
「小松くんの腕を見込んだからだよ」
「本当に?」
疑いの心を、小松は告げた。短い一言だったが、ココには充分な情報だった。
「もしかして、ぼくを疑っている? 小松くん欲しさに、自分の側に置くため画策したと思っている?」
ココが早口で聞いた。
「資格のない料理人を、本店の料理長に推すほど盲目じゃない」
続く