4-5/リーマンココマ
「小松―。飯めしー」
自宅の如く気軽にレストラングルメに現れたトリコに、小松は「お久しぶりです」と駆け寄った。今日のココは本社勤務なのでトリコを追い返す人物はいない。加えて平日のディナータイム開店直後なので客は誰もいなかった。
「本日のシェフアラカルト、五人前ならいいだろ?」
トリコにしてはかなり控えめな注文なのは、不在の店長の影を気にしてだ。想像して小松は笑う。
「七人前でも大丈夫ですよ、イベント前なので逆に今はすいてますから」
十人前とは、さすがに言えずに小松は安全な数を提示した。やったーと喜ぶトリコを見て、小松は料理を食べてからも喜んでもらいたいと気合をいれる。
「ところで、サニーさんがトリコさんからぼくの話を聞いたみたいですが、一体なにを話したんですか?」
サニーに「ガセネタか?」と思わせるトリコの発言が、小松は気になっていた。
唐突な小松の質問にトリコが「なにが?」と返せば、「ぼくが本店を・・・」と言いかけて、フロアにいるスタッフを気にかける。
「今夜、会えますか?」
迂闊な発言を職場で口にできず小松が提案する。
「仕事が終わってからになりますが」と遠慮がちに小松は付け足す。
「いいぞー、なんか作ってくれよな」
トリコの条件に小松は顔を引きつらせながら、「ぼくひとりでできる範囲なら」とこたえて話がまとまった。
仕事が終わり小松は急いで上司に終業報告の電話をいれる。問題がなかったことと、開店直後にトリコが来店したことを伝える。
「ココさんはまだ会社ですか?」
店内から見える本社のビルにいくつか明かりが灯っている。ココがいるフロアがどこなのか、肉眼で捕らえることはできないので小松は聞いた。
『まあ、ちょっとね』
事実に「ちょっと」もなにもないが、なにか厄介ごとの処理をしていたに違いないニュアンスに、小松は重ねて質問しなかった。本当なら「一緒に帰りませんか?」と誘いたいところだが、トリコと会う約束をしている身ではゆっくりしていられない。
「無理しないでくださいね」
若干早口で念を押して小松は電話を切った。急いで電車に乗って、アパートの近くの二十四時間スーパーで両手に持てる分だけの買い物をして帰る。帰宅と同時にトリコにメールで連絡すれば、三十分後に部屋のチャイムが鳴った。
「簡単なものしか作れませんが」と言いながら、次々に小松は小さなテーブルに料理を並べる。タッパで寝かしておいた常備野菜、浅漬け、乾麺も一瞬で消えた。オーブンで焼きあがった鶏肉、煮込んだ野菜スープ、普段はレストランで提供できないものをトリコに食べてもらう。
(レシピの考案よりも、ひたすら料理を作る方が楽しい)
サニーがエステグルメに候補にあげていた食材は魅力的だが、それだけでは満足できないのが小松だ。料理を作り、広く多くのひとに食べてもらいたい。改めて小松は自分の料理への姿勢を意識した。
続く