4-9/リーマンココマ
(自惚れていたんだ)
だから簡単に落ち込むのだと自分に言い聞かせる。
勢いよく後ろから肩を捕まれ、小松は倒れそうになる。支えたのは、小松を捕らえたココだった。
「待つんだ、小松くん」
走った勢いなのか、荒い声音でココが言う。怒った雰囲気を隠さないココに、小松は萎縮する。
「ごめんなさい」
小松は反射的に謝った。
「なにが?」
きつい口調とともにココは小松を正面にむかせた。
小松は怖くて顔をあげられない。
「まさか本当にサニーやトリコがいいの?」
「違います」
ココの「まさか」がなにをさしているのか理解できなかったが、小松は否定した。
「ココさんの優しさに甘えて、図々しかった自分を反省しています」
小松の沈んだ声に、盛大な笑い声が重なる。
「コ、ココが優しいって・・・!」
少し離れた位置にいるサニーが腹を抱えて笑っている。
「うるさいよサニー。むしろ邪魔だからぼくの視界に入らないとこに消えてくれないか」
「ひでえし! 松、こんな奴のどこが優しいかおれに納得のいく説明をして欲しいし!」
ココの零下の言葉にサニーが憤慨する。
気安いふたりの関係を羨ましく思う自分を、小松はどうかしていると思った。ふたりに言えば、全力の否定が返ってくるだろう現実に小松は気づかない。そして、サニーの言葉を真に受けてこたえようとするのも、小松の小松たる所以だ。
「それは」と口を開いて、小松は急に恥ずかしくなる。眼差しや、呼ぶ声の優しさを説明することに抵抗を感じた。
(いや、もっとあるはずだよ!)
小松は必死に記憶を手繰り寄せるが、すべてにおいてココの優しく、ひとの心にはいりこむような眼差ししか思い出せない。
冷たい冬の風が心地よかった。
「ほっぺた、赤いよ?」
ココの冷たい手が小松の頬に触れる。
「ふえ?」
小松は黙ってココの手を受け入れることができず、「やっぱりごめんなさい」と叫んで駆け出した。ココが小松を追いかけることなく、小さくなる背中を黙って見送った。
さきほど、小松が駆け出したときとは違った余裕の笑みがココを彩る。
「おまえが介入したときはどう料理してやろうかと二十四時間考えていたけど・・・」「怖ええし」「小松くんがぼくを意識してくれる結果になったから、小松くんにちょっかいかけたのは許してやるよ」
好戦的な笑みを称えてココはサニーに視線を送る。戦うことも厭わない男の目だ。日も落ちて翳る街を映すかのように光っていた。
「勝手に言ってろ」
まっこうからココの闇を受け止め、サニーは軽くあしらう。ココの本気を知り、その本気で小松に襲いからないぶんマシだとサニーは思うことにした。
クリスマスイルミネーションが点灯し、色鮮やかな夜になる。
寝不足の目で小松は電車に乗り込んだ。アパートに帰ってから、ココに対して動揺する自分の気持ちの整理がつかないまま寝てしまった。考えすぎていたせいか、睡眠をとった気がしない。
あくびをかみ殺せば、頭上から声がかかった。
「おはよう」
朝の殺人的なラッシュは過ぎたものの、体の自由がきかない車内で、小松は首と目線を動かして上を見た。
「ココさん」
「早いね。今日は会議もないのに」
「昨日、休みでしたし、店の様子も気になって」
うまくココがみれず、いい訳じみた言葉が小松の口からでた。
「ココさんは車じゃないんですか?」
「今日は電車の気分だったんだ」
「車の方が早い気がしますけど」
「いいんだ、こうして小松くんと出勤できるしね」
ココが柔らかく笑う。
(そーゆうところが、ずるいです)心の呟きは八つ当たりに近い。
気を紛らわせるために、小松は黒の肩かけカバンからフリスクをみっつ手の平にだして、全部口に放った。勢いをつけて噛み砕いても気持ちが落ち着かない。
「ぼくはずっと最近ずっといらいらしていた。多分、小松くんとの会話が足りなかったからだと思うんだ。会えなかった時間を埋めるためにも、仕事が終わってから食事でもどう?」
ココの誘いは、いつも自分を下げて、小松がうなずきやすいよう話しかけてくる。承知する以外に選択肢を与えない話し方だとしても、小松はココの誘いに丁寧さを感じる。うなずいて欲しいと願うココの心を感じる。
「は、い」
いつもは飛びついてうなずく小松だが、気恥ずかしさから大人しい返事になっていた。
(なんだろ、これ)
口のなかのフリスクが、ぴりぴりと舌に残る朝。
終わり
小松自覚編終了ー。