2011'02.10.Thu
5-3/リーマンココマ
昨日よりも冷たい空気が街を覆う。暖房が効いた室内でも肌寒さは消せないが、訪れた小松がココの視界を暖かな色合いにかえた。嬉しい気持ちは天邪鬼な心が邪魔をする。
「友達は放っておいてよかったの?」
「鉄平さんなら昼の電車で帰ったので大丈夫です」
小松から知らない男の名前を聞き、ココは心穏やかではない。ココの葛藤を知らない小松は、書類が何枚か収まっているクリアファイルを取り出す。カウントダウンパーティーのメニューの修正版だ。小松の提案には無理がなく、みんなが少しがんばれこなせるメニューだった。
「レストランで扱えない食材を多かったので、欲張ってしまいました」
「楽しそうだね、このメニュー。来てくれたひとも喜ぶし、準備が大変だけど、後が楽なのがいい。これなら小松くんも料理にかかりきりにならなくてすむ」
ココの発言に小松は「片づけが終わるまでいますよ」とこたえた。生真面目な青年にココは苦笑を返す。
「手が離れたら小松くんもパーティーに参加するんだよ?」
「ええ?」
「前にフォーマルウェアを用意してって言ったじゃないか」
「聞きましたけど、まさか重役の方々が参加するなかに混ざるなんて・・・」
小松の腰が引けた状態だが、ココははっきりと告げた。
「本店が持ち直した功績は小松くんにある。注目されているのは知っておいたほうがいい」
「ココさんは大袈裟に言いすぎです」
「きみは自覚がなさすぎる」
ココの口調がきつくなる。思いもよらない強さの声に小松は驚いた。
「・・・自覚をして、自分の立場を冷静に判断するのも長がつく者のつとめだよ」
己を過剰評価しないのは小松の美点だが、謙遜しすぎるのは欠点に近くなる。評価に照れるのでなく、否定してしまうのは彼が本店にきた当初に周囲とうまくいかなかったのが原因だとココは考えていた。いつか話そうと思っていたが、いい訳じみたタイミングで言うとは思わずココは悔しくなる。
「自覚が足りなくてすみません」
思わぬ流れで受けた注意に小松がうな垂れる。ココとしては胸が痛い。苛立ちから発生した注意にフォローも用意していなかったのは失態だ。
「少しずつ意識してくれればいい。急に、というのは小松くんの性格に合わないだろうから」
ココの無意識の台詞は好意への望みでもあった。
「がんばります」
小松は顔をあげてココにこたえた。芯のこもった返答が頼もしい。小松の前向きさ加減にココの気持ちも浮上した。
「小松くんのお弁当が気になるんだけど、食べてもいい?」
「どうぞ、たくさん召し上がってください」
小松は風呂敷をほどいて重箱を広げた。
ココが「いただきます」と言った矢先に扉が開かれる。
「うまそーな匂いがすると思ったらやっぱり小松の料理か」
食いしん坊トリコだった。すでに涎をたらしており準備は万端である。
「帰れ」「よろしかったらどうぞ」
ココと小松の返答は見事に正反対だった。
「ぼくは小松くんのお弁当を譲る気はないし、おまえが食べたら小松くんのお昼がなくなる」
ココは容赦がなかった。
「ココさん、ぼくはお店でご飯をいただきますから」
小松の提案にココは難色を示していると(一緒に食べることが最大のポイントなのだ)、トリコは紙袋を差し出した。
「社員食堂で昼飯を食う前に食べようと思っていたサンドイッチと交換しようぜ」
トリコの発言はおかしかったが、彼の食事量を知るふたりはつっこまなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
サンドイッチは近くのパン屋で販売されているものだ。お昼にするには割高なので敬遠されるが、評判の良さから繁盛しており小松も気になっていた。簡単に食べられるのでココもよく利用する店だ。小松も「おいしい」と嬉しそうに頬張った。
「今年のカウントダウンは本店でやるのか」
小松の黒いカバンからはみ出ているクリアファイルを見てトリコが呟く。
「それでサニーが今年は参加するって言ったんだな」
「サニーが来るのか?」
ココはいやそうな顔をする。
「小松の料理が食えるならおれも行こう」
「来るな」「お待ちしてます」
ふたりの発言がまた正反対なものになった。
「ひでえ」とトリコはココに抗議をする。
「ココさんって、トリコさんに容赦がないですよね」
「トリコがきたら優雅に立食パーティーにならない」
ココの指摘は事実だ。
「わかった、パーティーの前にはどっか店でメシを食ってくる」
トリコは提案すれば、ココは少し考えた後に「店は二軒ほど潰してこいよ」と念を押した。ココに認められて参加を許される類のパーティーではないが、トリコは両手をあげて喜んだ。
「久々に小松の料理が食える!」
「都合があえばいつでもご飯を作りますよ」
トリコの喜びに他意はない。食べることを純粋に喜ぶ男だから、小松も彼に料理を作りたくなるのだ。彼の無防備さをココは責めたかったが資格がない。
(本当に自覚がなさすぎる)
ココは心のなかでこっそりとため息をつくのだった。
続く
昨日よりも冷たい空気が街を覆う。暖房が効いた室内でも肌寒さは消せないが、訪れた小松がココの視界を暖かな色合いにかえた。嬉しい気持ちは天邪鬼な心が邪魔をする。
「友達は放っておいてよかったの?」
「鉄平さんなら昼の電車で帰ったので大丈夫です」
小松から知らない男の名前を聞き、ココは心穏やかではない。ココの葛藤を知らない小松は、書類が何枚か収まっているクリアファイルを取り出す。カウントダウンパーティーのメニューの修正版だ。小松の提案には無理がなく、みんなが少しがんばれこなせるメニューだった。
「レストランで扱えない食材を多かったので、欲張ってしまいました」
「楽しそうだね、このメニュー。来てくれたひとも喜ぶし、準備が大変だけど、後が楽なのがいい。これなら小松くんも料理にかかりきりにならなくてすむ」
ココの発言に小松は「片づけが終わるまでいますよ」とこたえた。生真面目な青年にココは苦笑を返す。
「手が離れたら小松くんもパーティーに参加するんだよ?」
「ええ?」
「前にフォーマルウェアを用意してって言ったじゃないか」
「聞きましたけど、まさか重役の方々が参加するなかに混ざるなんて・・・」
小松の腰が引けた状態だが、ココははっきりと告げた。
「本店が持ち直した功績は小松くんにある。注目されているのは知っておいたほうがいい」
「ココさんは大袈裟に言いすぎです」
「きみは自覚がなさすぎる」
ココの口調がきつくなる。思いもよらない強さの声に小松は驚いた。
「・・・自覚をして、自分の立場を冷静に判断するのも長がつく者のつとめだよ」
己を過剰評価しないのは小松の美点だが、謙遜しすぎるのは欠点に近くなる。評価に照れるのでなく、否定してしまうのは彼が本店にきた当初に周囲とうまくいかなかったのが原因だとココは考えていた。いつか話そうと思っていたが、いい訳じみたタイミングで言うとは思わずココは悔しくなる。
「自覚が足りなくてすみません」
思わぬ流れで受けた注意に小松がうな垂れる。ココとしては胸が痛い。苛立ちから発生した注意にフォローも用意していなかったのは失態だ。
「少しずつ意識してくれればいい。急に、というのは小松くんの性格に合わないだろうから」
ココの無意識の台詞は好意への望みでもあった。
「がんばります」
小松は顔をあげてココにこたえた。芯のこもった返答が頼もしい。小松の前向きさ加減にココの気持ちも浮上した。
「小松くんのお弁当が気になるんだけど、食べてもいい?」
「どうぞ、たくさん召し上がってください」
小松は風呂敷をほどいて重箱を広げた。
ココが「いただきます」と言った矢先に扉が開かれる。
「うまそーな匂いがすると思ったらやっぱり小松の料理か」
食いしん坊トリコだった。すでに涎をたらしており準備は万端である。
「帰れ」「よろしかったらどうぞ」
ココと小松の返答は見事に正反対だった。
「ぼくは小松くんのお弁当を譲る気はないし、おまえが食べたら小松くんのお昼がなくなる」
ココは容赦がなかった。
「ココさん、ぼくはお店でご飯をいただきますから」
小松の提案にココは難色を示していると(一緒に食べることが最大のポイントなのだ)、トリコは紙袋を差し出した。
「社員食堂で昼飯を食う前に食べようと思っていたサンドイッチと交換しようぜ」
トリコの発言はおかしかったが、彼の食事量を知るふたりはつっこまなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
サンドイッチは近くのパン屋で販売されているものだ。お昼にするには割高なので敬遠されるが、評判の良さから繁盛しており小松も気になっていた。簡単に食べられるのでココもよく利用する店だ。小松も「おいしい」と嬉しそうに頬張った。
「今年のカウントダウンは本店でやるのか」
小松の黒いカバンからはみ出ているクリアファイルを見てトリコが呟く。
「それでサニーが今年は参加するって言ったんだな」
「サニーが来るのか?」
ココはいやそうな顔をする。
「小松の料理が食えるならおれも行こう」
「来るな」「お待ちしてます」
ふたりの発言がまた正反対なものになった。
「ひでえ」とトリコはココに抗議をする。
「ココさんって、トリコさんに容赦がないですよね」
「トリコがきたら優雅に立食パーティーにならない」
ココの指摘は事実だ。
「わかった、パーティーの前にはどっか店でメシを食ってくる」
トリコは提案すれば、ココは少し考えた後に「店は二軒ほど潰してこいよ」と念を押した。ココに認められて参加を許される類のパーティーではないが、トリコは両手をあげて喜んだ。
「久々に小松の料理が食える!」
「都合があえばいつでもご飯を作りますよ」
トリコの喜びに他意はない。食べることを純粋に喜ぶ男だから、小松も彼に料理を作りたくなるのだ。彼の無防備さをココは責めたかったが資格がない。
(本当に自覚がなさすぎる)
ココは心のなかでこっそりとため息をつくのだった。
続く
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