いよいよ・・・ぐは!
5-1/リーマンココマ
年末最大の山場クリスマス期は終わった。レストラングルメ本店に落ち着きが戻るのと入れ替わり、それまで店長業務に集中していたココがデスクワークに精をだす番になる。本店の店長の座をもぎとった条件に、監査の職務も怠らないようと会長から厳命されている。どちらも手を抜くつもりはないが、小松と会う機会が減るデスクワークは気が滅入った。
高層の執務室から本店の方角を見る。
空は曇り。雪の気配を感じるほどに空気は冷たい。
「本店で昼食をとってくる」
ココは内線で秘書に告げると、「きみも休憩をとるように」と言い、コートを手にとって会社から出た。お昼時より一歩遅い時間は職場に戻るひとの流れで忙しない。波に逆らうように本店にむかうココの足取りは軽やかだ。小松の料理が食べられると思えば自然に気持ちが弾む。
予告もなしに現れた店長にスタッフは驚きを隠せなかった。
「今週のランチが気になってね。食事が終わったら帰るよ」
ココの言葉に副店長の表情が和らぐ。
ふいに、ココの耳が小松の声をとらえた。ちょうどココから死角になる席だったが、体の位置をずらせば見える範囲だった。
男性客と小松が和やかに話している。小松の味に賛辞を送る客は今まで何人かいたが、その男性はココの記憶にない人物だった。顔に傷のあり、年齢もココと大差ない雰囲気だ。加えてリーゼントという特徴のある男をココが覚えていないはずがなかった。
(誰だ?)
ココがおもしろくないと思った矢先、その男は小松を抱きしめた。
「!」
その瞬間、ココの握り拳とテーブルの隙間からいやな音が発生する。
「なんですか」
慌てた小松の声は大きいが、嫌悪の響きはなかった。
「戻ってきて欲しい」
男はかろうじて聞き取れる声で言った。
「言葉で伝えてください」
「口は災いの元だ」
「鉄平さんは行動がトラブルの元じゃないですか」
ほがらかに笑う小松を見て、テーブルからココはざわめく胸を抱えながら見ていた。まさか己の店で客に暴行を加える真似はできない。離れた場所で男を凝視するココに、彼は気づいたのか目線をあげた。見ず知らずの人物から睨まれた男は不思議な顔をするものの、動じたふうもなく目線を小松に戻した。
たいした余裕ぶりだとココは感じた。
(小松くんの友人か?)
ココは彼の故郷を思い出した。生まれ育った土地の店で働いていた小松を、環境の違う場所に連れてきたのはココだ。親しい者も大勢いるだろう。彼がそのうちのひとりだとしてもおかしくないが、小松を公衆の面前で抱きしめるのは許しがたい。
テーブルから離れた小松が厨房に戻る前でココに気づき方向を変える。
「急にどうされたんですか?」
「お昼時にテーブルに座ってるんだ。食事以外に理由はないよ?」
ちくり、とした言い方はいつものことだが、声に苛立ちを隠すことができなかった。
「料理長の元気な姿も見たかったしね」
とってつけたように言う台詞の白々しさに、ばれやしないかとココはひやり、とした。
「元気ですよ」
小松は笑った。ココが好きな裏表のない笑顔だ。今はそれば少しばかり心憎い。
「今日、ぼくの家でご飯を食べない? 年代物のワインをいただいてね。それにダイヤモンドキャビアが手に入ったんだ」
小松と時間をともにすべく、先日わざわざ取り寄せた食材の名をあげた。
続く