愛のハリケーンが巻き起こればいいといつも思いながら書いてます。
5-2/リーマンココマ
夕飯とお酒を口実に小松を誘えば、彼は目を輝かせたものの「すみません」と断った。
「今日は友人が泊まるので」
断りの理由に、ココは冷静ではいられなくなる。
「もしかして、あちらのテーブルにいる男性？」
「はい、年末の休みを利用して遊びに来てくれたんです」
ココの内心の嵐に気づかないまま小松は話す。
「あ、でも一度、大晦日のカウントダウンパーティーの最終打ち合わせをしたいと思っているので、どこかでお時間をいただけませんか？」
レストラングルメ本店で大晦日の夜に行われるカウントダウンパーティーについて小松が話を切り出した。その日は早めに閉店をして、IGOの上役が本店に集まる。クリスマス後、仕事収めの日でもあるので、大層なことはしなくていいと事前に言われていた。素材のままでも充分楽しめる食材を用意されるが、小松はアレンジしたいといって忙しい中アイディアをまとめた。後は責任者である店長のココが最終チェックをするのみだ。
「明日、午後からの出だけど、一時間早く出て本社に寄れる？」
小松のシフトは暗記するココは言った。現在ココのスケジュールに、レストラングルメに行って仕事の話をする時間はない。昼食を削りながら話をするつもりだ。
「わかりました。時間が時間なのでお弁当作っていきますね」
ココの考えを読み取ったかのように小松が提案した。ココのオーバーワークを心配して、小松はよく「ちゃんと食べていますか？」と確認する。以前、食事をろくにとらずに仕事をしていたのが小松にばれて叱られた。心配をかけた負い目から食事に関してココは頭があがらない。本気で食事を忘れる上司に小松は「ご飯にしましょう」と誘いココを幸せにさせた。
残念なのは、小松が同じだけの幸せを抱いていない点だ。
意味もなく小松に視線を送れば、彼は少し顔を赤くして俯く。こたえる台詞は「あまりにもかっこいいので目の毒です」と以前から変わらない。
小松から好意のてごたえを感じるが、色事に敏感ではない青年にどうアプローチしていいのかが悩みの種だ。愛をささやいただけで落ちるなら、破局も失恋も世にはない。
（ぼくとキスして、セックスしたいと思ってくれる好意だろうか？）
ココの悩みは本人に聞かないとわからないうえ、いきなり聞いても相手に引かれる内容だ。ため息はつきないが、前菜とスープが出てきてココの意識は料理に切り変わる。小松の料理を食べるときに沈んだ気持ちは似合わない。
にんじんのポタージュの彩りは緑ものでなく胡桃を砕いたものだ。サラダは生野菜の合間にグレープフルーツとチーズがあり、ドレッシングもシンプルにオリーブオイルと良質の岩塩だ。五穀パンと煮込みハンバーグを終え、デザートが最後を飾る。プチケーキには生クリームの他にフルーツが三種類ほど添えられ、カップにはコーヒーでなく、ほのかに蜂蜜がかおる緑茶が揺れる。
ココの記憶にあるランチとは少し違う内容に、スタッフに「料理長の遊び心？」と聞いた。
「外食が多くなる時期だから、胃を心配されてました」
こたえるスタッフも苦笑気味だ。小松の行動を好ましく思う雰囲気を感じる。本店に移動した当初はスタッフとうまくいかずに悩んでいた小松だったが、安心できる環境に変化してココは嬉しかった。偏に小松の努力の賜物だ。
小松の努力は店にも味にも反映されている。小松ほどの逸材が地方のレストランに埋もれていたのは意外だが、同時に感謝をしていた。別のグループに引き抜かれていたら手をだすのに苦労しただろう。
兼ねてから会長が小松の料理を食べてみたいと言っていたので、大晦日のカウントダウンパーティーを今年は本店で行うことを提案した。小松の位置を確固たるものにするためのお披露目でもある。小松の存在が強固なものになれば、ココは彼を側に置きやすくなるし、彼は認められるに値する料理人だ。
憂いはない。
（ただ･･･）
ココは、小松の友人がいるテーブルを見た。丁度席を立ったところだ。ココの視線を感じたのか振り返る。人好きのする下がり気味の目が不審を称えていたが、なにも言わずに彼は去った。
側にいるだけで安堵するほど楽観的になれず、苦味を甘いお茶で飲み干す。小松のことはデータ上でしか知らないのだと、今さらながらココは気づいた。
続く
