3人ほのぼの。
タイトルに一番悩みました(笑)
クリスマスをあなたに。
師匠も走る12月。この時期は美食屋も走りまわる。12月はクリスマスというビッグイベントがあるため、レストラン関係は特別メニューに力をいれるからだ。25日がすぎればやってくるのが年末と新年。やはりレストランやホテルは忙しくなる。
ふたりの美食屋とひとりのシェフが多忙の隙間を縫って集まり食事をするなか、トリコが小松に聞いた。
「クリスマスはどうする?」
小松の料理に夢中になっていて忘れていたが、今回トリコが彼らと会う目的は24日の予定を確認するためだった。今日を境にハントの嵐だ。今聞かなければ聞きそびれる危険があった。
「うちはクリスマス特別メニューをだします。先日ようやく事務局長からメニューのオッケーをもらえました」
嬉しかったから今日は気合をいれて作りました。と、根っからの料理人は言う。クリスマスメニューのアイディアが加わっているのか、今日の料理は一味違い、それがトリコを食べるのに夢中にさせたのだが。
ふたりの会話は繋がっていなかった。
食事中を考慮したココが、控えめにトリコへとため息を吐いてみせた。
「トリコ、小松くんはレストラングルメの料理長だ。ぼくら美食屋はメインの時期手前に仕事が終わるけど、小松くんはメインの日が終わるまで暇じゃない」
「そ、そうなのか?!」
「毎年20日くらいから、年明けは三が日まで休みなしです」
労働基準法としてそれはどうかとつっこむ点だ。小松にとってそれがあたりまえの年末年始だったため、トリコがクリスマスのお誘いをしているとは気づかなかった。
「すみません、鈍くて」
小松はトリコに謝った。
「小松くんの職業を考えればその時期に空くと思う方がおかしいから気にしないで」
ココが小松にフォローをいれる。さりげなくトリコに辛らつなのは、小松を余計な気を遣わせた腹いせでもある。
「年が明けたら三人で旅行に行こう」
小松の気持ちを明るくするため、自分たちのため、ココは提案した。
「休みを今から申請しておいて。ぼくらも予定はいれないでおくから」
誘う声の甘さに、トリコの機嫌が悪くなる。ココのスマートさはトリコにはない。羨ましいとは思わないが、小松のためにも見習わなければいけないかと考えるトリコだった。
三人が久々に集まった夜は同じベッドで眠る。はじめはぎこちなかった三人でのセックスが慣れた頃だ。好きなひとの体温を直に感じて眠る夜の心地よさを、小松と出会ってトリコははじめて知った。小松のむこうにココがいるのを不思議に思わないのが自分でも変だと感じるが、それはココも同じことで、三人いるのがいつの間にかあたりまえになっていた。トリコとココはライバルというより同士に近い。
翌朝、早起きして朝食を用意して、そのまま仕事へむかった小松を見送った後、トリコとココは気が抜けた。
もっと小松と一緒にいたいとわがままは言えない。美食屋のハントの旅に同行した穴埋めで彼は忙しい。
「クリスマスはダメか。今年だけじゃなくて来年もだめか」
トリコはテーブルに顎をのせてため息を吐いた。
「不景気な顔をするな」とココは容赦がない。小松が去ったスウィーツハウスで、食事の後片付けをするのはココの役目だ。トリコはひとりで暮らしているものの破壊的に家事ができない。サバイバルでは光る能力は家に入ったとたん消える。小松もココも彼の助けは期待してなかった。
「おまえがイベントを気にするとは正直思わなかった」
ため息をつくトリコを哀れに見えたのか、ココが聞いた。
「おれだって意外だぜ。12月っていったら仕事が忙しくなる時期としか思ってなかったけどよ、クリスマスが恋人とのイベントならなにかやりたいだろ」
「クリスマスを恋人同士のイベントというには御幣があるが、気持ちはわかる」
「あー、もう、小松に会いてぇ、いちゃいちゃしてぇ、監禁してぇ!」
トリコが暴れる。嘆きはかわいらしいものだが、発言内容と暴れる際の被害はかわいいでは治まらない。
「気持ちはわかるが、最後のは犯罪だから」
同意を示しつつもココが多少ひいた。
「食いしん坊ちゃんは我慢がきかないな」
からかうココにトリコは冷静に返した。
「おまえはどうなんだ、優男。痩せ我慢するか?」
トリコの一言は、ココの胸をアイスピックで貫くが如く効果があった。優男が苦虫を潰す様は、トリコに肯定だと教えた。
「いやな奴だ」
「おまえに言われたくねえよ」
口が悪いのはお互いさまだ。それよりも問題はクリスマスである。
「おまえはどうしたかった? せっかくのイベントだぜ? なにもしないなんてもったいない」
「そりゃあ、本音をいえば小松くんと一緒にいたいさ。でも接客業だぞ。ぼくらと時間軸がずれている」
恋人が帰った男ふたりは盛大にぼやいた。
「ホテルグルメのレストラン部門でバイト募集してないかな」
冗談には聞こえないココの呟きだった。トリコも一瞬ぐらついたが、すかさずココが釘をさす。
「トリコは確実にバイトの申し込みで落とされるからやめておけ」
トリコをレストランで働かせたら、料理は客ではなく彼の胃袋に確実に消える。己を知るトリコは否定をしなかった。
なにかいい手はないかとトリコは髪をかきあげ、頭を抱える。獲物を狩るためなら抜け目なくまわる思考も、錆びた歯車みたいに動きが鈍い。そんな自分にトリコは笑う。小松がいなければ知らなかったあがきだ。
好きなひとと一緒にいたい。
「にやけるな」
心底呆れるココの声も、トリコは気にならなかった。
12月25日の夜、レストラン部門が閉店する頃、トリコはホテルグルメに来た。食事が目的ではないので建物に入る気はなかった。片付けを考えれば小松が帰るのはまだ先になる。しかしトリコは待つつもりだ。
「抜け駆けするな」
同じ頃、ココもホテルグルメに来た。
「考えることは一緒だな」
トリコは笑う。
「特別な日に好きなひとといたいと思うのはおまえだけじゃない」
ココは不本意そうに言った。約束もなしに仕事で疲れた小松に会うのは負担にならないか心配だ。明日もある仕事を前にココだけでなくトリコも抵抗を感じたが、せめて顔だけでも見たかった。会えるなら他はなにもいらない。
「しまった。プレゼント忘れた」
会うことに意識が集中していたトリコは、引き返せない場面になって手ぶらな自分に気づいた。
「トリコ落ち着け、実はぼくも忘れているからおあいこだ」
支離滅裂な台詞につっこもうとしたトリコだが、毒気がでるほど動揺するココを見て口を閉ざした。
とりあえず落ち着けとトリコがココをなだめにかかるが、予想以上に早くホテルを出た小松に見つかってトリコも動揺する。
「本物ですか?」
ふたりを発見した小松は走ってくる。
「会えるなんて思ってなかったから嬉しいです!」
顔を上気させて小松が言う。
「支配人からケーキもらいました。おまえは料理長だからってホールケーキをもたされたんです。ホテルグルメ喫茶室のケーキですよ? アパートに寄ってください。シャンパンやチキンもありませんが、クリスマスをすごしましょう、三人で!」
ふたりに会えた喜びが小松のテンションを高くする。
照明が落ちた街で、白い息が煙のように流れるなかで、きらきらと輝くひとがいる。奇跡が生まれた日だと、誰かが言ったのをトリコは思い出した。遥か昔に生まれた奇跡などトリコは知らないが、彼の知る奇跡は目の前にある。
「メリークリスマス」
自然に言葉がでた。
メリークリスマスと、小松とココが口々に言う。寒いのに暖かく感じる夜だ。
滑るように24時間スーパーへ舞いこんだ。小さいながらもパーティーをしようと決めた三人の行動は早い。軽い足取りで買い物をする彼らは幸福をまとう。カートにはパンやチーズ、つまみになるようなものが笑い声とともに次々と放り込まれる。
いつもは小松が料理を用意してから食事になるが、今日はみんなで作りながら食べた。トリコがハードタイプのパンを切り、冷蔵庫で熟成中のガラワニをスライスして、ココが作ったドレッシングで味付けして小松にさしだせば、
「さすが奇跡の夜。トリコさんの野外料理以外のものが食べられるなんて!」
はしゃぐ小松の顔はまっかだった。トリコが以前持ち込んだ酒を炭酸で割って乾杯した最初の一杯で小松は酔った。忙しすぎて今日に至ってはろくに食べておらず、すきっ腹に薄めたとはいえ度数の高いアルコールを摂取して酔いが簡単に回った。
美食四天王に料理をさせる(主にココが動いているのだが)小松は、食べて飲んで疲れが一気にでたのかふたりが目をはなした瞬間に眠りこんだ。
「夢のようだ、みんなとクリスマス・・・」
傾く小松が夢のなかで呟いている。
「夢じゃないぜ?」
小松がテーブルに倒れる手前でトリコが体を支える。
「片付けはぼくがするから、トリコは小松くんを寝かせてくれ」
勝手を知る小松の部屋をふたりは動き回る。トリコは押入れから布団をだすと、敷いて小松を寝かせた。リラックスさせるために服を脱がせる手に下心が加わったが、眠る相手は気づかない。布団をかけるついでのように軽く唇をあわせても眠ったままだ。
「つまみ食い禁止」
ココがトリコの背中を足蹴にする。洗剤の泡に濡れた手でトリコにチョップをかまさなかったのは彼の優しさかもしれない。
場所をリビングに移しながら、ふたりは小声で牽制しあった。
数々のイベントが接客業の小松を多忙にさせても無視して会いに行く。遠慮をして彼の笑顔を逃すくらいなら強引にいく。
もちろん、次回はプレゼントを忘れない。
終わり