グルメID
ちゃぶ台の上においていた更新案内のハガキを、遊びに来ていたトリコさんとココさんが見つけたのがはじまりだった。
「グルメIDの更新案内?」
「今度の休みに行こうと思ってます」
「よし、おれも行くぜ」
「ぼくも久しぶりに行こうかな」
トリコさんにココさんが乗っかる。
「何年振りかな。美食に関わってなかったから関係ないやって催促を無視してたから」
「おれなんか年に一度は更新しないとデータがパンクするって言われたぜ」
三人で出かけるのは嬉しいけど、このふたりとグルメIDの更新に行くのが急に不安になった。
更新手続きは問題なく終わり、IDもすぐにもらえた。ココさんだけが更新無視をしていたことを注意される。
手続きが終わると職員のひとがぼくらに言った。
「我々には守秘義務があります。ここで確認のためとはいえ拝見したあなた方のグルメデータは他言しません」
この口上は毎度のこと。最高機密の個人情報。それに携わる仕事につくのも大変そうだ。
「また個人の嗜好についても同じで、情報流失は致しませんのでご安心を」
あれ、前はこんな説明はなかったよな?
「別にいいぜ、情報流しても」
さすがトリコさんは太っ腹だ。図太い。
「トリコに同じ。むしろ情報が流れてくれた方が牽制できていい」
牽制? 意味がわからない。わざわざ自分の力を誇示するひとたちではないから自慢したいという訳じゃあないだろうし。
意味不明なふたりの言葉は、初対面の職員には通じたらしく(何故だ?)、ぼくを大層哀れな目で見てくれた。
「しょ、食運を」
顔が赤いのが気になった。
「今回の更新、なんか変でしたね」
建物をでるとぼくはふたりに聞いた。
にやり、とトリコさんがよからぬ企みを宿す目でぼくを見る。
「キスの回数まで読み取れるんだぜ?」
「はい?」
「そしゃくの回数、なにを口にしたか、胃にいれたかもね。もっとも相手まではわからないだろうけど、三人のパターンが一致すれば普通気づくでしょう」
ココさんも不敵な顔だ。
いけない、頭が考えるのを拒否している。
「昨日はがんばったからな。おまえも・・・」とトリコさんはぼくの顔を覗き込んだ。
「おれたちの咥えてがんばってくれたしな」
「きゃー、真昼間からなに言ってるんですか!」
トリコさんの言う通り、昨日はやけに濃かったいうかしつこくて、ぼくも最後は意識が朦朧として促されるままにいろいろしたけど・・・。
だめだ、なんかイケナイ気分になりそうだ。
「知りません」
自分をごまかすため怒ったふりでふたりより先を歩く。
背後のふたりは呑気に笑っている。腹立たしいのか、微笑ましいのかわからない。
関係ないひとにセックスする関係だと知られたのは恥ずかしいけど、嫌な気分ではなかった。
このふたりがすることは破天荒で、慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
驚かされることも多いけど、知っていくのも楽しい。グルメIDなんかには残せない、読みきれないほどの幸福をいっぱい詰めこみたい。
「小松の匂いがかわったな」
「ちょっとその気になってるみたいだね。電磁波が揺らいでる」
ちらりと聞こえたふたりの台詞は、聞かなかったことにしよう。
終わり
じっさいのところグルメIDってそこまでわかっちゃうのかな?