私のなかのぶっちゃけたものが舞い降りてきました。
そんな日もある!
どんな「アイタタター」な内容でもタフな心臓で乗り越えられる方のみ閲覧をお願いします。
誘惑の手前のモーション
「おやすみ」を言った後に小松がココの寝室を訪ねたのは、明日の朝食について確認し忘れたことがあったからだ。トリコもいる朝食は戦場と化す。寝る前はいつも打ち合わせをするほどだ。
ココが眠っているなら明日の朝、確認をすればよい程度の確認事項だ。小松は控えめにドアの向こうにいるココに声をかける。返事があったような、ないような、不確かな気配に小松は戸惑う。小声で「失礼します」と断りを入れて静かに扉を押して、そっと室内を覗く。月明かりが窓からさしこんでいるため室内は完全な闇ではなかった。
ベッドのココはシーツを被っている。
寝ているのかと思い小松は扉を閉めようとしたが、くぐもった声が聞こえた。
寝言なのか起きているのか判断できず、小松は少しの間、様子をみようと部屋の前にとどまる。それが誤りだと気づくのは後の話だ。
かすかに揺れるベッド。吐息のような声。女性がいるならベッドのなかの想像は小松でもできたが、ここにいるのは自分と家主のココ、リビングで酒を呑むトリコの三人だ。となると、自然に導かれたこたえはひとつだ。
自慰の現場を目撃して小松は動けないでいた。
シーツで隠れて見えないのだから目撃ではないとか、自分に言い訳しても頭がショートしそうだ。
女性に不自由のしそうにない美貌の青年だが、体質のためひとと関わりを避けてきたと聞く。百歩譲って自分で処理をするココを納得するにしても、あのきれいなココが自分で自分のものを慰めているのかと想像すれば、
(待て、小松、おまえはいい大人だろ!)
小松は自分でブレーキをかけ、緊張で固まった体を無理やり動かそうとした。その間にも、ココのあえぎ声が小松に耳に届き、混乱は細いロープの上に立つほど危ういものになった。心臓が早鐘を打ち、目まいで息があがる。
「小松くん」と感極まった小さな声の後に、ベッドの揺れが収まった。最後まで見てしまった体裁の悪さより、ココがなにを思って自慰をしたのか、知った小松は足の力が抜けそうになった。
ふいに肩を叩かれ、普段なら大声をあげて飛んだだろうに、驚きのあまり小松は声もでなかった。振り返った先にはトリコがいる。
「ずいぶん遅いな」
夜なのを気遣ってか、トリコは小松に顔を寄せると小さく呟いた。
「ココは?」と酒臭い息にくらくらする。頬の熱さは酒気にあてられたからだと、小松は思うことにした。
「寝てる、ようです」
ぼくも寝ますといって、小松は足早にトリコの脇を通り過ぎた。
ふらつく背中をトリコは見送る。小松が部屋にもどるのを確認すると、トリコは閉め忘れたドアを開けた。
「よお、ココ、楽しんだみたいじゃないか」
トリコが声をかけると、シーツを被っていた人物はゆっくりと身を起こして姿を見せた。夜の藍色に照らされた顔は不敵で、色を宿す目は容赦なくトリコに向けられている。小松が見たら腰を抜かすほど壮絶な色気だが、トリコには通じなかった。
「小松がいるのを知っててシタだろ」
トリコの指摘に、ココは小松には見せない類の笑みを浮かべた。
「小松くんがいると思ったら我慢できなくてね」
「あいつには刺激が強すぎじゃねえの?」
「かわいそうなことをしたなぁ」
わざとらしくココが言う。
「そういえば、なにか用事があったのかな」
「明日の朝飯について、聞きたいことがあったみたいだぜ。たいしたことじゃないって言ってたから明日でいいだろ。小松が見てたのをおまえが気づいてるって知ったら、あいつ泣くぞ」
「明日か」とココは口元に笑みを浮かべる。
「小松くん、どんな顔を見せてくれるかな」
ココは夢見心地に呟いた。
勝負をかける友人に、トリコは「さてね」とこたえて部屋を後にした。
終わり