細切れで申し訳ありませんが、続きですー。
3-2/リーマンココマ
小松のアパートに訪れたトリコは時間まで店をはしごしてきたが、飲み屋ではなく飲食店の話だ。聞いた小松は青褪めた。トリコのあいさつが「腹減ったー」だったからだ。
トリコの食欲を知るココは、帰る途中スーパーに寄り、カートを二台使い大量の食料をタクシーで持ち帰った。
小松を手伝うココは、調理の忙しさに軽く目が回りそうだった。小松が段取りよく次々とココに指示をだすおかげで食卓には常に料理がのっている。
一時間後、小松にとって二週間分の食料はトリコの胃袋に消えた。
「ピークのレストランでもこんなに忙しい思いはしませんよ」
疲れている割に小松は笑顔だ。
「うまかったぜ」
「ありがとうございます、ちゃんと盛り付けができなくて残念でしたが」
用意する大皿がないため、料理の殆どが鍋やフライパン、鉄板のままだった。
「トリコ、食べ終わったらこっちに来て洗いものを手伝えよ」
料理の手伝いを終えるとココは早速片付けに取りかかる。
「水につけておいてください」慌てる小松の声をココは無視してトリコを呼ぶ。返事をしてキッチンに入るトリコに、ココは鍋などの大物の洗いものを任せた。広くはないキッチンで規格外の大男が並んで立つものではない。
「そういえば、トリコさんはなにで来ました?」
拭き終わった食器や調理器具を片付けながら、終電を気にして小松が聞いた。
「バイク」とトリコはこたえる。
「・・・飲んでいませんでしたか?」
畳に転がる酒瓶を小松は見やる。
「・・・いや」
トリコの背中が気まずそうに小さくなるのを小松は見逃さなかった。
「飲食業界に勤める人間が飲酒運転なんていけません。バイク以外で帰るか、狭くてよければここに泊まっていってください」
「おう、頼むわ」
スムーズにトリコが泊まるのを承諾したので小松は安堵した。
「トリコはぼくが連れて帰るよ」
ココがすかさず提案する。
「仕事が終わった後トリコにご飯を作って、そのうえ泊めせてゆっくり休めなかったら明日に響いて大変だ」
「おおげさですねえ」と小松は笑う。
「きちんと休みなさい。これは店長命令」
ココは小松に有無を言わせなかった。トリコのような規格外の男を泊めるのは簡単ではないし、小松が精一杯もてなすことも容易に想像できて許せない。
「でも明日バイクを取りに行くのも面倒だし」
当人の都合を聞かずに話を進めるココに意義を唱えるトリコだが、優男の無言の圧力で黙らざる得なくなる。
「明日ぼくが送ってやるよ」
「会社まで?」
「バイクまでだ」
ココは冷たくこたえた。
「明日はぼくの車で一緒に出勤しよう、小松くん」
小松には百八十度、真逆の笑みで話しかける。
「おふたりとも仲がいいんですね」
小松は嬉しそうだ。
「同期だから、そこそこ」
ココが微妙に顔を歪めてこたえるから、横でトリコが笑った。
「そうえいば、トリコさんは確か・・・」
「食材調達部門。普段は世界のあっちこっちに飛んでるから、本社にはあんまりいないんだわ」
食材調達部門はIGOでも花形である。良い素材なくして最上の料理は作れず、良い食材を調達するのに長けた人材がいる部署だ。地方にいた小松のもとには食材調達部門が調達する食材を必要とする機会はなかったので、詳しい存在を知らずにすごしてきた。
「いずれ大口の仕事がくるさ」
ココが思わず口にすれば、トリコは「占いにでたのか?」と聞き返した。話についていけないのは小松である。
「占い?」
「ぼくの趣味」
小松の疑問にココはこたえる。ココの占いの的中率は趣味の範囲を超えていて、その能力も買われてコンサルタルトという肩書きが与えられたのだ。ココ自身の洞察力も備えての的中率だが、信憑性がないため秘密にしていた。
「それでミステリアスな雰囲気なんですね」
小松はなにか納得していた。
「ミステリアス?」
「なにか掴みきれない印象なのは、カッコイイからだけじゃなくてミステリアスだからかなって思いました」
「そう?」
ココははぐらかすように笑う。
「小松くんにカッコイイって思われているなんて嬉しいね」
そう言って席を立つと、トリコを促して小松のアパートから去った。名残おしいが時期ではないとココは算段する。
「終電がまだあるはずだ」
小松のアパート周辺の交通事情は把握しているココは先を歩いて案内した。
「掴みきれなくてミステリアス、ねえ」
トリコが小松の台詞を反復する。
「あたっているだけに怖いよな」
「本質を見る目があって嬉しいよ」
ココは穏やかに笑うが目は笑っていない。
「おれだって思ってるぜ? 最近のココはなんか変だって」
「変?」
トリコがわざわざいうのは珍しい。
「変っていうか、浮かれている?」
友人の見る目のよさに感心しながらも、ココは小松に返したのと同じ「そう?」と曖昧な返事をした。
「小松と関わるようになってから」
「小松くんは関わりがいのある子だからね。楽しいよ」
「それだけか?」
トリコの問いは短かったが鋭くもあった。
「それ以外なにかあると思うなら、なんだと思う?」
「おれが知るかよ」
ココのはぐらかす雰囲気に焦れたトリコは話を打ち切った。無理に話を聞くつもりはないし、話すつもりがあるならはぐらかすのらりくらりと会話はしない。
「駅だ」
寄る辺ない夜に光る駅が浮かぶ。小松のアパートからココのマンションまで電車で僅かだった。
「店に売り上げ伸ばすにしても、おまえが先にダウンしたら意味がないからな」
心配と忠告が混ぜて言うトリコに、ココは素直に「気をつける」と礼を言った。
久々の現場指揮で気分が高揚しているのかもしれないと、ココは分析をする。呼吸のようにかわっていく数字がおもしろいのも確かだ。おまけに職場には小松がいる。本来のコンサルタルトの仕事を放って店長を勤めたいが、兼任なら週三日までという店への出勤規制がかかったのだ。コンサルタルトの仕事をしくじれば店長職を下ろされるので、ココは気が抜けない日々を送っている。たとえ占いで勝算の確率をあげていても、百%でないぶん安心はできない。
「でも楽しいんだよなぁ」
ココの呟きをトリコは言葉通りに受け止めた。
「とんだワーカーホーリックだ」
苦笑するトリコに、(そんなきれいなものじゃないよ)とココは心のなかで返事をした。
続く