3月14日星空
今年もこの日が終わった。
毎年、軽い修羅場や盛大なドラマがテーブルで生まれる日だけど、無事に終わってよかったとつくづく思う。みんな幸せになってください!
早めに店内も片付き、早めにスタッフを送りだし、最後にホテルを出れば外にトリコさんがいた、何故?!
「どうしました?」
トリコさんが外でぼくを待つのは珍しかった。いつもは話があるなら、ホテルのバーで待っていると伝言が携帯に入るだけだ。しかも、なんて言うか、一ヶ月以上ぶりだ。
「これから時間はあるか?」
ぼくの質問をトリコさんが無視する。
「ありますけど・・・」
ホワイトディというイベントが終わったので明日は休みだ。今からハントにだって行けるけど、不審さから端切れの悪い返事になる。
「じゃ、一緒に来い」といってトリコさんはテリーを呼ぶと、ぼくを担いでテリーの背中に乗った。
立派に成長しているテリーは、トリコさんとぼくが乗ってっもビクともせずに猛烈な勢いで走り出した。
テリーにしがみつくのに必死で行き先を聞く余裕もない。
しかし、着いた先は見慣れたスイーツハウスだった。
「建て替えた」
トリコさんは教えてくれたけど、前とどう違うのかぱっと見ではわからなった。
「おまえにやる」
意味がわからない。
「トリコさんは引っ越すんですか?」
「引っ越さないぞ。おれは住むけど、おまえは気にせずスイーハウスを食べればいい」
「気にしますよ。もらう理由がありません」
スイーツハウスなんて高価なものは簡単にもらえない。
「今日はホワイトディだ」
「ですね」
トリコさんの口からホワイトディなんて聞くとかわいいけど・・・。
「ホワイトディのお返しのつもりなら・・・ぼく、トリコさんにチョコをあげていませんけど・・・」
バレンタイン前も当日も忙しくてハントにも行けなかったぐらいだ。女子のイベントごとをないがしろにすると後が怖いわよと事務局長に釘をさされたせいもあるけど。
トリコさんのなかで、どうしてぼくからチョコをもらったことになったのかミステリーだ。
「いくらおれでも、もらってないものをもらったって思い込むほどめでたくないぞ」
「じゃあ何故?」
「おまえにおかしをあげたかったし、受け取ってほしかった」
スイーツハウスに向いていたトリコさんがぼくを見る。
あ、と、気持ちが揺らめいたのは仕方ない。だってぼくはトリコさんが好きだから。冗談に紛らわせてチョコを渡せないぐらい好きだった。
「ようするに、おまえに甘いことしたいって意味だな」
甘いこと=スイーツハウスというのがトリコさんらしいというか大雑把というか・・・。
「好きだぜ、小松。ジュエルミートほどインパクトはないかもしれないが、スイーツハウスを受け取ってくれ」
「こんなときにジュエルミートを持ち出さないでください」
ずるいとしかいいようがない。
「ジュエルミートもスイーツハウスも、トリコさんと比べて翳ってしまうじゃないですか」
トリコさんの気持ちがなによりぼくに眩しくて、宝石と呼ばれる肉も、甘味の結晶といわれるお菓子の家も色褪せてしまう。
「ぼくもトリコさんが好きです」
勇気をだしてトリコさんにチョコレートを渡せばよかったと、今頃になって後悔に襲われる。
「来年はぼくからのチョコレートを受け取ってください!」
気の早いぼくの言葉に、トリコさんは呆れたようだ。チョコをもらってないのにお返しとばかりにホワイトディにスイーツハウスを贈るトリコさんに呆れられたくない。
「楽しみにしてるぜ」
半分笑っているトリコさんと目が合わせられなくてスイーツハウスを見上げる。屋根のむこうには満天の星空。降ってきそうな幸福とともに輝く。
終わり