時間軸は常にばらばらですが。
「試作品」
たまに小松はとんでもない料理を作る。
「種の分量の関係もあるからミニのサイズだとイメージがつきにくいですよね。その点、トリコさんならホールで食べてもらえるから助かります。味の意見も聞けるし」
味の意見と言うより、できた料理を食べつくしてほしいといった感じだ。
以前なら試作品なんて食べさせてくれなかった。料理人として、完成品しか出さなかった昔を思えば、ずいぶんとくだけて嬉しいじゃないか、こんちくしょう! 味見で申し訳ありませんが、という前振りできた話をおれが断る訳がない!
現在、小松が試行錯誤しているのはキッシュだ。ランチのワンプレートメニューのメインにしたいと言っている。
小松の部屋の狭いテーブルに、冷えたワインと熱々のキッシュが並ぶ。
オーブンは家庭サイズだが、生地は型ですでに空焼きがしてあり、おれが食べる間に次の分の種を型に流して焼く。暖房はいれてなくてもキッチンはあたたかい。夏だったら暑さにやられていただろう。
卵と生クリームとチーズの種に、小松はアイディアをおりまぜる。
クリーム松茸と青菜は定番だ。魚介類と豆類いも類も普通だ。しかし次第に不思議なものに替わっていく。
カレー味、すきやき風、おじや風、キムチ風(料理雑誌にキムチとチーズのオーブン焼きを見て挑戦したと言っていた)かぼちゃスイーツ風、エトセトラ。あげくに、この組み合わせでやるのか? とおれを驚かせるのが多数でてきておもしろかった。
味は・・・新鮮なものばかりだ。試作品ならではだな。
このなかからメニューが決まるかもしれないし、全部が無駄になるかもしれない。
ここからまた新しいアイディアが浮かぶかもしれない。
すべてきっかけにすぎないかもしれない。
まだ開発途中の料理たち。これらは全部小松の結晶だ。他の奴には食べさせてやるものか。
全部だ。
例えそれが失敗作でも、料理だけじゃない、笑顔や、声や、喜びも悲しみも。全部おれは味わいたい。
フルコースのごちそうでも、ハントでもなく、小松と一緒にいて、奴にとっての日常の料理におれがいる。一緒に味見できるのは幸せだ。
うん、最高に気分がよくって、勢いあまって小松に襲いかかりそうだ。
「味見ばかりで申し訳ありません。トリコさんの希望のものを作りたいと思います」
小松は冷蔵庫にある食材を告げる。計画性のない料理は、料理人にとって喜ばしいものじゃないのはわかっている。
あれが食べたいといえば、この材料はないのでと却下される。メニューを決めるのもひと苦労だけど楽しい。
そんな休日をおれたちは過ごす。
終わり