しかし恋の自覚のない視点というのは存外に難しいものですね。
◇ ◇ ◇
仕事からの帰り道、外灯のしたに巨大な影を見つけてびびったけど、よく見れば覚えのあるシルエットだった。
「トリコさん?」
こんな時間に現れるなんて珍しい。レストラングルメの営業時間はとっくに終わっている。
「どうしましたか?」
それともどこかへ行く途中にたまたまぼくと会っただけ?
「アイアンナッツがたくさん採れたからおまえにやるよ」
トリコさんは手にした袋をぼくに渡した。しかし哀しいかな、「アイアンナッツ」の殻は鉄の如く固く重く、クルミサイズなくせして十個となると重くて持てない。
がんばれ、ぼく!
「ありがとうございます」重くてもめちゃくちゃ嬉しい。なにを作ろう! 自分の記憶にあるレシピをめくる。
「しまった、殻を壊す道具がない!」
鉄の如く。そう、とんかちで叩いたぐらいでは殻は砕けない。
「しょーがねえなー」
トリコさんが袋からアイアンナッツを取り出すと、親指とひと指し指の力だけで殻を砕いた。なんて力だ。
「ほらよ」と手の平に実を落ちる。
食べられる喜びに胸をときめかせていたら、苦笑する気配を頭上から感じた。
「おまえって、本当に嬉しそうに食べるよな」
「おいしいものを口にする機会が嬉しくないなんてありえませんよ!」
食いしん坊のトリコさんらしからぬ発言だ。
「そうじゃなくて」と言いかけた言葉が宙に消える。
「おれも嬉しいってことだ」
「?」
おいしいものを食べる機会、についてだろうか? わからないけど、食べ物を見るときの表情とは違っていて、判断ができない。
なにが嬉しいのかな、トリコさんは。
その笑顔見れただけで、なんか不思議とうれしくなる
word by 確かに恋だった「恋に気づかない彼のセリフ」