アフターバレンタイン
レストラングルメの若き料理長。
肩書きは立派で、彼自身は背の低さや容姿を自覚してか、イベント事に自分が関わるのを想像しない。
平日のバレンタインはレストランも予約で満席となり、今年も多少の修羅場がホールであったものの概ね無事に終わった。
2月前半の怒涛のスケジュールをこなした小松は明日から連休だ。
アパートに帰ろうと足取り軽くホテルを出たところ、同じレストランフロアで店を構えるスタッフの女の子と出会った。
彼女の用件はチョコと告白で、小松は両方とも受け取ることができなかった。
好意を断ることに罪悪感を抱くのは傲慢だと小松は思う。
(傷つくなんてどうかしている)
彼女の方が傷は大きい。
よく知らない相手ならこれからいい関係を築けばいいと思えなかった。誰かより、仕事やハントを優先したい。だけと一番の理由は、チョコレートを受け取りたい、渡したい相手がいることだ。
(きっと、見るのもいやってほど、チョコレートをいっぱいもらっているんだろうな)
グルメ映画賞男優部門で最優秀賞をとった俳優よりもココはかっこよかった。
10人中11人は振り返りそうだと小松が言えば、トリコが1人多いだろとつっこんで、情緒のないひとだと思ったものだ。
(・・・食べてくれるかな)
作って渡したいと思った相手ははじめてで気合が入る。
14日までは仕事が立て込んでいて下準備しかできなかったが、小松はアパートに帰ると最後の仕上げをするのだった。
大きなガラス瓶を見てトリコは「チョコレートシロップか」とココに聞いた。
「この時期、いいチョコレートシロップが成るからな」
「ドライフルーツ漬けだって」
液体の隙間からドライフルーツが見える。
「一週間漬けたあたりから味が染みこんでおいしくなるから、徐々に味の変化を楽しんでください。だって」
最後はシロップにもフルーツの味が染みこんで深い味わになる流れだ。
「ケーキにするにもソースにするにもいいな」
ココに届いたチョコを食い荒らしながらトリコは言った。
「これはぼくが小松くんから貰ったものだから、おまえにはやらないよ」
ココは冷たくあしらった。ひでえ、とトリコは言うが、あまり気にしていない様子だ。本当に欲しいものは自分の手で掴む男だからココは気にしない。
壁のカレンダーをココは見る。一週間と手紙には書いてあった。瓶にはドライフルーツの種類と漬けた日のラベルが貼ってある。
2月14日。
(まったく素直じゃない)
仕事に遠慮せずに押しかければよかったとココは反省しつつも、 三週間後の三倍返しに思いを馳せながら彼はひとり微笑んだ。
終わり
けっこう凶悪に微笑んでいると思う(笑)