料理陰陽師小松 其の六十三
家を手直しして小松が住めるように工夫した。おれひとりなら本当は外でも生きていけるが、小松は人間なのでちゃんとした寝床が必要だった。
おれらのなかで一番人間っぽい生活をしているココに小松を預けた一週間は長かったけど楽しかった。
サニーが美しくないと言って手を加えたり、ココが小松が使うならと棚を取り付けたり、その横で小松がごはんの仕度をしたり。
「いっそみんなで暮らしましょうか」と無邪気に小松が提案したときはちょっぴり泣いた。
いや、他意はない。楽しいから小松は言っただけだ。
小松の提案に冗談でもココらがうなずかなかったのはおれを同情したからだと思う。
それに、
「ぼくらは美食山の四方を守っているから、自分の住処から離れる気はないよ」
ココが小松に説明する。
小松が住んでいた都から美食山はそれほど離れていない。方位的に他所の妖怪が人間の住む都を目指すためにはおれらが住む山を通らなければいけないから、昔っから小競り合いはあった。
美食會は珍しく、美食山を通らずに都を荒らしていた。
その美食會の連中がねぐらを変えた。
話を聞いた小松が浮かない顔をしたのが気になったが、ココの呟きに意識を取られた。
「忙しくなりそうだ」
「何故です?」
「他所の土地に住む妖怪の進入を阻んでいたのは美食會の存在だ。奴らがいなくなれば・・・」
昔に逆戻りだ。あの頃はゼブラがいたからよそ者を排除するのは楽だった。
「・・・梅田さま」
防波堤がなくなった都を思い、小松は沈痛な表情だ。
「ちょっとぼく、都の様子を見てきます」
おれらの返事も聞かずに小松は走り出す。あいつの足を止めたのはおれたちの声じゃなく、第三者の存在だ。
「人間が、いる」
おれより大きな岩の妖怪が小松に手を伸ばした。
サニーが瞬時に妖狐に戻り、大地を蹴る足は瞬きよりも速く小松を助け出す。
「毒剣」とココが毒の刃を作り岩の妖怪めがけて投げた。固い体を貫くことはなかったが足止めにはなる。
拳を相手にぶつければ粉砕された。ばらばらになった岩は四方に飛ぶ。頭上に落ちた岩を片手でなぎ払う。
頭部だった部分が「うまそうな人間」と呟いて、砂になった。
「うまそうな、じゃなくて小松はうまいんだよ。味見たりともさせる気はないけどな」
「トリコさん、余計なことは言わないでください」
小松はまっかな顔で叫んだ。
「あきらめるし、松。トリコの本能に歯止めはないし」
人型のサニーが小松の肩を叩く。
「毒剣の精製が遅くなったな」
ココは臨戦態勢に入っているのか自分の確認に余念がない。
「あ、あの、ぼくもみなさんと一緒に戦います!」
下の方から小松が叫ぶ。
おれたちは自分らに降りかかる火の粉を払うつもりだから、小松の協力は必要ない。
だけど、小松の都を守りたい気持ちも強かった。
「でも人間と妖怪が手を組んで戦うなんて変じゃなくね?」
「人間と妖怪なら、な」
おれは小松を抱きかかえた。
「でも小松とおれらなら納得いくだろ?」
人間とか妖怪とか、確かに大きなくくりだけど、おれたちには関係ない。
いつしか妖怪の間で、美食山の妖怪は美味なる人間を食べずにとっていると噂が広がり、都の人間より先にその人間を食ってしまおうと美食山に足を踏み入れるようになり。
人間の間では、美食山の妖怪と陰陽師が協力して都に侵入する妖怪を阻んでいるという噂が広まった。
人間からすれば、妖怪が人間と手を組んで、というのがわからないらしい(あたりまえだ、おれだって小松じゃなければ手を組まない)。
だから納得する噂が流れた。
その陰陽師は料理で妖怪を虜にしたのだと。
あながち間違いではないそれをココから聞いたときは笑った。
小松についた字(あざな)は「料理陰陽師」。
なかなかどうして、格好良く聞こえるから不思議だ。
料理陰陽師小松 その後
風が吹き、室内のろうそくが消えた。
視界は闇。魔が潜む空間になる。
マンサムは闇の奥を見た。
「おまえの養い子は凄いな」
告げれば、闇よりも濃い影が浮かんだ。漂う怒気は恨みがこもっている。
『美食山に妖怪が集中しすぎだ。人間はなにをしている』
「手出しする前にあいつらが蹴散らすんだから仕方ないだろ。ひとの間でも妖怪の間でも噂になっているようだな。あいつらは」
『とんだ誤算だ』
「部下からの連絡だと、小僧は元気にしているようだ」
『ひととしての幸を手に入れて欲しかった』
「小僧は不幸だと思っておらぬぞ」
『よりにもよって妖怪などど』
恨み言を呟きながら闇はさった。気づけば、消えていた蝋燭の炎が灯っている。
「締め切って酒くさいったらありゃしない」
室内に入ってきた梅田がぼやく。空気の変化に気づいてながらも口にしない。
「小松ちゃんからの定期連絡よ。元気みたい。忙しくてあっという間に冬が過ぎたと言っているわ。そろそろあの子の着物を新調しないといけないわね。そうだ、春になると餅をよく作っていたからもち米も届けてあげましょう」
もうひとりの育ての親は、小松の現在の状況を受け入れている。
内部で小松の意見が緩和されたら直接会いに行こうと計画をたてている梅田だ。
その時はマンサムもついていき、小松の料理を堪能しようと思った。
かの美食山に妖怪と陰陽師が住まう頃のお話。
終わり
最後までお付き合いしてくださって本当にありがとうございました!!