迷走する小松。
9/時を駆ける小松
トリコさんに電話をしてもメールをしても反応が返ってこなくなった。本当ならスイーツハウスに行ってトリコさんに会いたいけど、シフトの関係で一瞬でも行くことができない。
手をこまねいている日々が過ぎる。ある日、梅田事務局長から「ごめんね」と言われてぼくは首を傾げた。
「トリコちゃんを長期のハントの依頼を頼んじゃって」と言葉が続き、謝罪の意味を理解する。梅田事務局長はぼくとトリコさんの関係を知っているひとだ。だからこそ、ただの料理人であるぼくにトリコさんの情報を振ってくれるのだが。
長期の依頼に行っているなんて知らなかった。だから連絡がとれなかったのかな?
「何日ぐらいになりそうですか?」
「・・・聞いてないの?」
梅田事務局長は怪訝な顔をする。ぼくは正直に「はい」とこたえた。返事になにかを感じたのか、梅田事務局長からつっこまれることはなかった。
「期日は定めてないわ。捕獲できたら即、という感じね」
発見するのが難しい食材なのだろうか。
「ココちゃんも同行してもらって発見を早くさせるつもりだけど」
情報を流してくれる梅田事務局長に礼を言う。
ぽっかりと時間ができて、スイーツハウスに行くつもりだったけど、果たしているかどうか疑問だ。だけど悩んでいても嫌なことばかり想像して落ち着かない。
慣れた道を行き、久しぶりに見たスイーツハウスはちょっとだけデザインが変わっていた。テリーも出てこない。テリーを連れたハントなのかと考えると、ますます簡単に終わらないハントを予想させた。
扉を開けるといつに増して甘い匂いが鼻につく。換気できていない証拠だ。何日も主が不在だと家が教える。
夜が更ける。トリコさんは帰って来ない。甘い匂いが染みるベッドシーツにかすかにトリコさんの匂いを感じて、ぼくは失礼ながら主不在の家のベッドで寝た。
会えなかったらどうしよう。会ってくれなかったらどうしよう。
「トリコさん」
涙が枕に零れ落ちた。
ばかだ、ぼくは。
時間を巻き戻せたら・・・。
「時間を巻き戻せたら、どうします?」
夢(過去?)のトリコさんに、気づけばぼくは質問していた。森で実っている果実を食べるトリコさんが不思議な顔をした。
『どうするもなにも、時間が巻き戻せても選択肢がないなら意味なんてないだろ?』
本当に不思議そうな顔でこたえるからぼくは言葉につまった。未来が変えられることを知らない瞳だ。トリコさんは現在の状況を、ある意味腹の底から納得している。
『それにおれたちはまだ、ここを出てひとりで生きていけない。ハントの技術も、持て余すほどの力をコントロールする術も。外の世界がどんなものかわからなくても、自分が外の人間と規格外なのは理解してるさ』
トリコさんはそう言ってまた果実を食べた。赤い皮の果実はシャリ、と音をたてトリコさんの胃袋を満たす。
「だからって、見世物にならなくても」
ぼくはずっと、トリコさんがバトルコロシアムで闘うのを見るのが辛かった。観客席でトリコさんに賭けるひとたちは、闘技場で闘う人間を動物のような目で見るのだ。腹立たしい。好きなひとなら尚更だ。
『・・・バトルコロシアムのことか?』
トリコさんは疑わしげに問いかけてきた。
「そうです」とぼくがこたえれば、トリコさんはからからと笑う。
『自分の実力を試す絶好の場だぜ』
「だからって、人間を命を賭けの対象にするなんて」
『おれがいいって言うんだからいいの』
「トリコさん」
ひとの話を聞こうとしないトリコさんに苛立つ声で呼ぶ。トリコさんの気さくな表情が消えた。
『おれがさ、そうでも思わなくちゃやっていけないって考えないのか?』
続く