10/時を駆ける小松
トリコさんを傷つけたと思った瞬間、ぼくは逃げ出した。
「ごめんなさい」
どうしてぼくは、自分の都合ばかりを押し付けてしまうのだろう? 過去のトリコさんにも嫌な思いをさせてしまった。
意識だけのぼくは簡単にトリコさんから逃げられた。現実世界なら匂いを辿って追いつかれるけど、ここでのぼくは実体がなく匂いが存在しない。存在しない人間が、この時代を必死に生きるトリコさんを傷つけるなんて最低だ。
茂みに隠れてぼくは泣いた。自分が嫌でたまらない。地面に吸い込まれない涙。ぼくが流す涙はどこに消えていくのか。
涙も落ち着いた頃、自分が目が覚めていない状況に気づく。いつも起きたいと思えば起きられるのに。
なんで?
疑問に解決がないまま、日が昇り沈んでいく様を何回も眺める。多少、早送りしたかのような勢いで目の前の景色が過ぎる。
トリコさんに干渉して未来を変えないようにするため、研究所の近くの木から箱庭の世界を眺めていた。お腹が減らないのが不思議だけど、実体ではないから当然かもしれない。時間は過ぎていく感じがするけど、実感が沸かない。
一年が過ぎたとわかったのは、トリコさんが食べた木に再び実が実ったからだ。トリコさんの誕生月に実る果実。ぼくは研究所に忍び込んで(実体がないのでセキュリティは関係ない)、眠るトリコさんに「誕生日おめでとうございます」と告げる。
遠目から見るトリコさんたちは日に日に成長していく。この時代で何年すぎたかわからないけど、研究所を出て美食屋として活躍する日は近いだろう。
トリコさんたちは逞しい。たとえ胸に千の苦しみを抱いていようとおくびにも出さずに立っている。強い。
ぼくが心配する隙間なんて本当はないに違いない。
それでもぼくは、トリコさんがバトルコロシアムで闘って傷つくのも、圧勝して観客から賞賛されるのも見ていて辛かった。
果実が実る季節、今年もトリコさんの部屋に忍び込む。
「誕生日おめでとうございます」
小さな声で告げる。
「大好きです」
『本当か!』
トリコさんが大声とともに毛布を蹴飛ばす。びびってぼくは呆然となった。
聞いてた?・・・っていうか、まさか起きてた?
続く