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WJ連載中「ト/リ/コ」の腐/女/子サイト  【Japanese version only.】

2024'09.22.Sun
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2010'09.14.Tue
かなり気が早かったけど、やとさんハピバ!

リーマンココマ

 朝の満員電車は地獄だが、何駅か我慢すれば解放される苦行に小松は毎日耐えていた。が、今朝は様子が違った。運悪く車両事故に遭い、満員車両に足止めだった。場内アナウンスが流れて車内はざわめき、携帯で会社に電話する者、メールをする者が現れる。
 小松も職場に連絡をいれたかったが、身動きが取れなかった。小さい故か隅においやられて角にいるものの、手を動かせばひとに当たるので身動きが取れなかった。たとえ隣が同性でも、無闇に触るかたちになるのは避けたい。
(なんか、気持ち悪い)
 このところの睡眠不足と、人混みにもまれた小松は次第に気分が悪くなってきた。
「大丈夫?」
 目を閉じようと思った矢先、頭上から聞こえる声に、小松の意識は引き戻される。自分に声をかけられたのかと顔をあげれば、モデルか俳優か、とにかく掃き溜めに鶴な男性がいた。黒に近いスーツと、緑とピンクのアクセントが嫌味にならない美丈夫である。
 一瞬小松は見惚れた。
「顔色悪いよ?」
「大丈夫です、ちょっと人混みに酔ってしまって」
「フリスクあるけど、これで気を紛らわせてみたら?」
 男は胸ポケットに忍ばせた刺激剤を片手で取り出し、小松に口をあけるよう促す。この狭さでは小松は手を受け取ることはできない。
「いえ、大丈夫です」
 いきなり知らないひとからものをもらう訳にはいかず、小松が遠慮をすれば、
「具合悪くして倒れたら大変だよ」
 もっともらしいことを言われて、遠慮もできなくなる。仕方なしに口を開ければ、レモンの香のフリスクが口のなかに放りこまれた。爽やかな刺激が小松の意識を刺激する。
「ぼくも集中力とかなくなった時にはお世話になってるんだ。効くよ?」
 気持ちの悪さが収まってきた小松は、いたずらっぽい青年の笑顔にようやく笑い返すことができた。
「しかし、いつになったら動くんだろうね」
「せめて駅で止まってくれたら、そこから代行バスとかだしてくれるでしょうに。遅刻かなあ」
 というか、遅刻だ。小松はため息をついた。部署が変わってがんばれてないと思われるのがいやだった。
「ぼくも遅刻だ。車が壊れてはじめての電車だからって早めにでたのに」
「それは、災難でしたね」
 こたえながら、都内で車出勤とは、レベルの違いを思い知らされたようだ。
(やっぱり芸能人かな)
 普段TVも雑誌も見ない小松は判断がつかない。女子高生やOLがちらちらと彼を見ている。暇をもてあましているのだから、気持ちのいいほうに流れても仕方ないと小松は思う。多少露骨な視線だが、青年は気にしたふうでもない。ひとの視線に慣れた人種だと小松は察する。
(ぼくは、だめだった)
 チェーン店のレストラングルメの本店で料理長を任されたものの、田舎の支店から出てきた小松に周囲は冷たく、内部はがたがたになった。それをまとめるのが料理長だと上司の梅田に言われた時、「ぼくにはその器がありません」とこたえるほどに小松は弱っていた。
 後に、本当は小松ではなく、上層部秘蔵の料理人が店に来ることが決まっていたのだと、教えられた。上層部に取り入ることができると思った料理人たちの期待は大きかったらしい。田舎都市出身の料理人が来るのは彼らにとって予想外だったようだ。
(くだらない)と思った小松の気持ちがどんどん会社から離れていく。それでも面倒を見てくれたり、夜遅くまで試食に付き合ってくれる梅田には感謝しているし、都会に不案内な小松をヨハネスは親切に情報を与えてくれる。たまに、「これで息抜きをしてきなさい」と渡されたチケットが、グループの割引券だったときは笑ったが、まだがんばれると小松は思った。
「あの、ありがとうございます」
 小松は改めて青年に礼を言った。お菓子をわけてもらったことだけではない。遠回しだが、小松にがんばろうという気持ちを思い出させるきっかけを与えた青年に感謝したかった。
 決意はある。でも、同じテンションで保ち続けるのはへこんだ気持ちのままでは難しい。
「フリスクひとつで感謝されるなんてくすぐったいな」
 照れている笑顔が眩しい。電車もほどなく動きはじめ、場内アナウンスのお詫びと客のざわめきが、非日常からの終わりを告げている。
「もしかして、あなたは芸能人ですか?」
 ちょっとしたいたずら心で小松が聞くと、青年は微妙な顔をした。
「すみあせん、TVにはうとくて」
「いや、芸能人ではないけど、きみにはそう見えたんだ」
 苦笑する青年に、恥ずかしい指摘をされた小松は「はあ、まあ」と曖昧にこたえた。
(大体のひとは芸能人だって思うよなー)
 他愛もない会話を楽しめるのは、車内で別れれば二度と会わない気安さからだった。しかし、自分が降りる駅で青年も降りて、小松はびっくりした。
「あなたの職場もこの辺ですか?」
(そういえば、電車ははじめてだって言ってたな)
 今までこんな目立つひとを見たことがなくても当然かと小松は思い直す。
「うん、よかったら途中まで一緒に行こうか?」
「あ、はい?」
 青年に促されるまま、小松は並んで歩いた。彼の方が足のコンパスが長いため、小松より僅かに先を行く。小松の通い慣れた道をふたりで進む。
 月曜日は朝から会議を行うため本社出社で、会議の後、近くにある本店に小松は行く。
 IGOと書かれたビルの玄関をくぐる。
「あれ、あなたもここに勤めているんですか?」
 小松は驚いて聞き返す。
「そうだよ」
 反対に、青年は小松になにも聞かない。小松が違和感を覚えていると、社員専用のフロアに入ったとき機械音が鳴った。社員証に埋め込まれたチップが設置された機械を通る時、証明してくれのだが、社員証、もしくは受付の来客証を持っていない者に対しては警報が鳴る。
 みんな一斉に見たのは小松だった。
「ぼく?」
 まさか社員証を忘れたのかと定期入れをみればちゃんと社員証はある。
「ごめん、社員証を忘れたのはぼく」
 と青年が謝った。
「本社を玄関からくぐるのは久しぶりだったからね。いつもは車で地下の駐車場から入るから」
「え?」
 車通勤を認められるのは上層部だけだ。
 現れた警備員が、青年を見て驚きを見せた。
「ココさま、今日はお車ではなかったんですか?」
「車が壊れてね。大事な日だったから慌てて電車で来たら社員証を忘れてしまったよ」
 和やかにあいさつをするふたりに、小松は訳がわからないなりに、ココと呼ばれる青年がかなりの上の役職にいると察した。
「じゃあ、また後で、会議のときに会おう」
 ココはそう言って、エレベーターに乗り込んだ。
(会議って・・・)
 頭を整理しようと思うが、社内で流れる時報に、小松は遅刻しかけたことを思い出し、慌てて資料作成のためレストラン部門のフロアに駆け込むのだった。

続く

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