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WJ連載中「ト/リ/コ」の腐/女/子サイト  【Japanese version only.】

2024'11.24.Sun
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2009'02.06.Fri

ひさびさにちょっと長めのお話です。


幸福の部屋 前編

「来月に引っ越します。だから一度ぼくの部屋でおふたりを食事に招きたかったんです」
 小松の部屋にはじめてちゃんと招かれたトリコとココが、デザートも終えてくつろいでいるところへ投下された爆弾な一言。
「引越しぃ?」
 恋人であるふたりに相談もなく部屋を移すとは小松の性格からして考えにくく、尋ねる声に不審さが加わる。
 トリコは小松の部屋が好きだった。料理人として駆け出しの頃から住んでいる部屋は、小松の匂いに溢れている。彼が長年積み重ねてきたものが染みこむ居場所は心地いい。狭いという理由で部屋に招きたがらないため、ついでに寄った(という名目の)ときだけ「お茶でも」と誘われる程度だ。まさか広い部屋に引っ越すのかとばら色の思考がよぎったが、
「どこへ?」とココが肝心なことを確認する。
「ホテルグルメの社員寮です」
「なにぃ!」
 トリコが驚いてテーブルに手を置くと、木の家具がクッキーのように粉砕された。小松の話を聞く前に、トリコはテーブルの残骸を片付けるはめになる。

 引越しの話が気になり、片付けもままならない状況でトリコとココは床に腰をおろし膝を突き合わせ会議をはじめた。
「事情があるなら説明してほしい」
「そうだぜ。社員寮なんて他人が簡単に出入りできないとこにいったら、どうやって夜這いをすればいいんだ」
 トリコは本音をずばり口にした。
「家賃が払えなくなって」
「払えない?」
 国際グルメ機関IGO直属であるホテルグルメのレストラン部門の料理長が、家賃を払えないとは変な話だった。高級マンションならともかく、彼が住むこの部屋は平凡だ。
「ちょっと訳ありでお金がなくて。社員寮なら安くすみますし」
「どんな訳だ」とトリコが小松に詰め寄るが、言葉を濁してばかりで一向に説明をしない。ふたりのかたわらで痺れをきらしたココが、カードを鞄から出して床に並べた。なにがはじまるのかトリコと小松が見守るなか、次々とカードを表に返す。
「借金の保証人になったね。しかも相手は行方不明ときた。通帳の残高はかろうじて五桁」
「小松! おまえなにばかなことやってんだ!」
「な、な、なに言ってるんですか。ココさんの占いは三%は外れるんですよね?」
「今、冷や汗かいたな。それが証拠だ」
「しかも相手は初恋のひと」
「勝手にひとの過去を暴かないでください!」
 超人的なふたりの追及に小松はむきになって言い返す。ココの占いを肯定したと、叫んだ後に気づいたが後の祭りだ。
 トリコとココの二重奏で「おばか」と怒られる小松だった。ふたりに叱られて反省する小松は、重い口をようやく開いた。
「お金に困っていると聞いて保証人になったんです。でも彼女がお金を借りた先が悪徳だったらしく、利子が膨大になり払えなくなったみたいです」
 それを肩代わりして払う小松のお人よしぶりに、ふたりは頭を抱えた。彼の心優しい性格は好きだが、今回のこれは頂けない。
「女性だろうと容赦はしない。居場所を突き止める」
 ココが再びカードを切った。
「がんばれ、ココ」
 トリコがココの応援する。こんなときのふたりのコンビネーションは非常にいい。
「やめてください、ぼくの問題です。お節介はやかないで下さい」
 彼女にかかるふたりの追求を想像して小松は青くなった。
「おまえ、ばか? おまえが関わっているんだぜ? おれたちのラブライフに関わるんだぜ? おまえだけの問題じゃねえだろ」
 怒りも加わりトリコは口調が乱暴になった。ココがたしなめないあたり、トリコの意見に同意しているのが伺える。
「ごめんなさい」
 小松は謝罪したが、彼女を捜す同意はしない。
「とりあえず、ぼくが借金を払う」
 ココはためらいもせずに言った。
「それで一時的に小松が持ち直すならおれも協力するぜ」
 トリコも後に続くが、小松は却下した。
「それこそ迷惑をかけられません」
「使う予定のないお金だから問題ないよ」
 美食四天王と呼ばれる彼らが受ける仕事は料金が高額だ。しかもココは占いでも生計をたてている。
「お金だからこそ、関係を大切にしているひとから借りたくないんです」
 なにからなにまで首を縦に振らない小松の頑固さにトリコは吼えそうになるが、自分たちの関係に亀裂がはいらないよう避ける彼の気持ちもわからなくはなかった。彼の意思を無視して借金を代わりに返す方法も選べず、トリコは唸る。
「今月中に金が戻ってくれば、引っ越さないんだな?」
 トリコが確認をする。
「ら、乱暴なことはしないで下さいよ?」
 小松が恐る恐る言った。
「するか」と言い残してトリコは立ち上がった。苛立ちを抱えたまま小松といたくなかった。
 小松は「あの」と言ったきり、かける言葉がみつからないのかうつむく。小松を傷つけたみたいでトリコの気分はさらに悪くなり悪循環になる。
「また来るよ、小松くん」
 ココは小松の髪を撫でるとトリコの後に続いた。

 アパートを出て肩を並べるふたりは、同時にため息をついた。
「くだらねえことしやがって」
 小松に対する怒りが消えぬままトリコがぼやく。
「確かにくだらないけどね。こんなくだらないのことのせいで小松くんと気まずくなるのがもっと嫌だ」
 小松に関しては温厚寛大なココが口をへの字に曲げた。
「借金した奴が自発的に小松に金を返せば問題ないんだよな」
 自発的に返せるなら逃げたりしないが、小松の意見を考えるとその方法しかない。いっそ借金をした相手に金を渡そうかとトリコは面倒臭くなってきた。しかし、小松にばれたときが厄介だ。
「不本意だが、稼がせるか」
 ココがぽつりと呟いた。
 方針が決まるとふたりの行動は矢のように早い。ココが居場所を突き止め、株を提案する。占い師ココの顧客にしか与えられない未来を、彼は無償で占った。トリコも協力してグルメ市場を混乱させた。高価な食材を相場を無視して卸しまくる。短期間の内に彼女は小松が金利に渡したお金を稼げた。
 一時的な収入にならないよう、ココは株のアドバイスする約束をする。彼女が小松にお金を返した後、トリコは何食わぬ顔で小松に会いに行った。
 結局、トリコは彼女の名前も顔も知らないままだ。彼女を捜し、交渉したのはココがすべて担当した。小松の人の好さにつけこんだ彼女を見て、トリコは冷静でいられる自信はなかったし、なにかして小松に怒られるのもいやだった。

続く

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