「なによりも、なによりも」
春、珍しくトリコがココと小松を自宅に誘った。正確にはスイーツハウスの付近に咲く桜を鑑賞するためだ。トリコの住む場所は郊外にあるため花見に来る者もおらず静かだ。
「トリコさんからお花見の誘いがあるとは思いもしませんでした」
「本当に意外だね」
ハントか食事か。それ以外の目的で出かけるなら、誘うのはココか小松の方だ。
「おれは花見に興味ないけどよ、おまえらはこーゆうの好きだろ?」
素っ気ない口調のなかにトリコの優しさを感じて小松は嬉しくなった。ココも同じように思っているのか、顔を見合わせて笑う。花見スポットまで先導するトリコは背後のやりとりに気づかない。
遠くからテリーが吼える。上空を見ればキッスが旋回しているのが見えた。花見ということもあり、今回は相棒たちも同行している。さすがに「夜込み」のデートには呼べないので小松と会うのは久々になる。絶滅種である彼らに仲間はおらず、普通に接する小松を気に入っていた。相棒に恋人が認められるのは嬉しく、トリコとココはたまにはのんびり外に出るのもいいかと考えた。
目的の桜の下で敷布を引くと、早速弁当を広げた。傍らにはテリーとキッスがくつろいでいる。
酒を呑みながらの食事なので、トリコのペースは常よりもゆっくりだ。
「花を見ながらの食事なんて贅沢ですね」
忙しさにかまけて、花見をする機会を小松は毎年逃していた。
「そうか?」とトリコは桜に感心はない。ひたすら飲み、食事をつまむ。
花より団子のひとだと小松は思ったが、横でココが苦笑した。
「おまえはなにより団子だな」
不思議なココの言い回しに小松が彼を見上げれば、説明が返ってくる。
「花や、地位や、お金。そんなものよりこの食いしん坊ちゃんは食べる方が大事だって意味だよ」
「たしかに」
小松も苦笑する。
「なによりも、か。いいですね、作り甲斐があります」
小松が笑う。ふわりと、咲くような笑顔で食べるトリコを見た。
食事をしていたトリコの手が止まる。目を丸くさせるトリコだが、ふいに小松の前に舞い落ちる小さな花びらを摘んだ。突然の行動にびっくりして固まる小松の唇に花びらを押しつけ、指を離すと同時に口づけた。小松はさらに固まる。トリコの舌によって押し込まれた花びらの青い味が口内に広がる。すぐにトリコは小松から離れた。
「花もいいもんだな」
にやりと笑うトリコが、どこでスイッチが入ったのかわからず小松はうなることしかできなかった。真昼間の外でかわされたキスに小松が顔を伏せてしまうと、横から手が伸びて引き寄せられた。
「まったく食いしん坊ちゃんは我慢がきかない」
ココが小松の耳元で話しかける。
ね? と同意を求めるささやきとともに、耳に口づけをうけ、小松はさらに顔を赤くさせた。
「勘弁してください、キッスやテリーの前で」
小松の困った気配を感じたキッスとテリーが援護するように各々騒ぎ立てる。
陽炎のような濃密な空気が四散する。かわりに和やかな雰囲気が流れて小松は胸を撫で下ろす。そして暖かくなる想い。
(なによりも、なによりもいとしい)
そんな春のまどろみ。
終わり