寒いと熱いものが食べたくなりますよね。後お酒!
ステップ&ステップ
「グルメコンテスト?」
なにを目的にしたのかさっぱりわからない曖昧なコンテストの名前に、トリコとココは声を揃えて聞き返した。コンテストの話題をあげたのは参加する小松である。
「コンテストといってもIGO関連の料理人しか参加できません。内輪の発表会といったところですね」
内輪の発表会というが、基本的にレベルの高いIGOの料理人たちだ。ましてコンテストとなれば名だたる料理人が参加する。コンテストなんて大会には興味なさそうな小松が参加するというのだからふたりは驚きを隠せなかった。
「今年はガララワニを食材としてるんですよ。みんなどんな料理にするのか楽しみで楽しみで。この大会に参加すると、IGOから試作のための食材を提供してもらえるんです。もちろん限度はありますが」
色鮮やかな鍋がふたつ、トリコとココの前に置かれた。トリコには青。ココにはモスグリーンといった珍しい色合いだ。
「寒くなってきたからシチューですよね」
満面の笑顔で小松はふたりの鍋の蓋をとった。鍋が食器になるデザインで、そのまま食べても問題はない。トリコは問題があっても鍋から平気で食べるが。
「トリコさんは濃厚にデミグラシチュー。ココさんはミルクシチューです」
召し上がれと、小松は言った。立ち昇る湯気が嬉しくなる夜に似合う料理だ。
「嬉しそうだね、小松くん」
楽しく料理を作るのはいつものことだが、コンテストの話をする小松は嬉しそうだ。コンテストのなにが小松の気を引くのかココには疑問だった。大会など小松には無縁に思えるのだ。
「他のみんなが同じ食材をどうおいしく料理するのか、近くで見られるチャンスですよ? 勉強になるじゃないですか! ぼくの仕事はお客様においしく食べてもらうことですが、いろんなことを勉強して上達が成り立つと思っています。ハントだって同じです。生きた食材をみて食材を知って、料理に活かしたいんです」
「研究熱心じゃねーか」
トリコが冷やかせば、小松は驚いた顔をみせた。
「トリコさんだっておいしいものを食べるためにはなんでもするじゃないですか。同じですよ?」
気負いもなく小松は言った。
「そうだな」とうなずいたのはトリコだけでなく、ココも同じだ。美食のためなら可能性や全力、すべてをかけて立ち向かう。
同じだ。
小さな料理人の持つ大きな野望は、トリコとココの心を満たした。
「お味の方は?」
「うまかったぜ」とトリコの鍋は空っぽだ。最高の賛辞である。
「お粗末さまです」
小松は鍋を手元に引き寄せると、パンをちぎって鍋の側面を拭っては食べる。
「ずるい、小松」
「え? 残りものを拭って食べるのがずるいんですか?」
仕方ない、と言わんばかりに、シチューの着いたパンをトリコの口に差し出す。
「この味、ビールが欲しくなるなー」
「本当におまえは食いしん坊ちゃんだな」
トリコよりゆっくりのペースだが、シチューを食べ終わったココはパンでソースを拭って食べる。
「グラタンも焼きあがりましたよ」
ニンニクと生クリームの香りにトリコがはしゃぐ。
「小松くんは座ってごはんにしよう」
ココが席を立ってオーブンからグラタンを取り出した。シェフ小松の味を楽しむのも好きだが、小松と食卓をともにするのだって好きなのだ。
「白ワインが冷えてるけど、飲む、小松くん?」
「飲みます、ココさんってお酒は飲まないのに、おいしいお酒を知ってますよね」
「サンキューココ!」
当然の顔をしてトリコも便乗する。小松のためにグラスにワインを注ぎ、ココはトリコに瓶ごと渡す。
「ぼくの分のグラタンを残しておけよ」
ココがキッチンにサラダを作りに行きテーブルに戻れば、グラタンはかろうじてとりわけられていたが、グラタン皿に残ったソースを小松はパンにつけて食べている。白ワインが効いたのか顔が赤い。
「おいしいですねー」とココの鍋のシチューにパンをつけて食べてはトリコが「欲しい」というのでひな鳥に餌をあげる母鳥の如く小松はかいがいしく世話をしている。
(・・・酔っ払いだ)
コンテスト前で疲れているのか、アルコールに強くない小松は簡単にできあがった。そんな小松をトリコはおもしろがってあれやこれやとお願いしている。
いつか、この小さな愛しき料理人が飛び立つかもしれない。体いっぱいにエネルギーをみなぎらせ、腕を頼りに美食の世界へと突き進む。
(ぼくらと同じ)
それでも食卓の風景は変わらず、小松が料理を作り、トリコが平らげ、ココも料理に参戦して楽しく過ごすだろう。
「ココさんも座って座って!」
機嫌の良い酔っ払いに、ココは促され微笑みとともに席に着く。数秒後、さきほどまであった自分のグラタンがなくなっていたことに気づき、怒りとともに犯人トリコにポイズンドレッシングを食らわすココの姿があった。
終わり