ようやく弟二部終了。まだまだ続きます。
料理陰陽師小松 其の二十七
完全な暗闇と土の匂い。
唯一明かりが灯るのは尋問と、日に一度の食事が運ばれるときだけだ。
サニーさんと会っていたぼくは、仲間から「裏切り者」と呼ばれ、土中に作られた牢屋に拘束された。
「やましいことはしていない」
の一言しかこたえないぼくに仲間は痺れをきらしたが、詳しくもわからない内からの拷問が禁じられているため体力の低下あるけど五体満足だ。
このままこの地下の牢屋で朽ちていくのか?
死にたくない。
大変な状況にあるトリコさんの力になれないまま終わりたくない。
「…リコさん」
「それが美食山の鬼大将の名前?」
暗闇のなか、気配も足音もなく現れたのは梅田さまだった。
明かりもないのに乱れない所作に、改めて梅田さまの凄さを思い知る。
「ぼくの処遇が決まりましたか?」
陰陽師の上層部がわざわざ牢屋にまで現れた事実を、受け止めなくてはいけない。
「あなたの潔白を証明するのは私でも難しいわ」
ため息とともに吐かれた台詞に申し訳なさがます。
梅田さまの懐刀と言われるぼくの失態は、梅田さまにも悪影響を及ぼすのだ。
恩を仇で返す自分の仕打ちに、最後の意味をこめて告白した。
「ぼくは陰陽師を裏切ったつもりはありませんが、美食山の妖怪たちと親しくしていたのは事実です。潔白ではありません」
ぼくは梅田さまに頭を下げた。
「これは私の業かしら」
再び梅田さまはため息をついた。
「争いごとにはむかない性格なのは承知していたのに、あなたの力に目をつけ陰陽師に育てあげた。普通に、料理人としての道を歩ませることもできたのに」
「いいえ、ぼくをここまで育ててくださって感謝しています。それに陰陽師でなければ彼らに会うこともなかったでしょう。陰陽師になれて幸せに思えます」
「そうまでして、彼ら、と呼ぶひとたちが大事?」
梅田さまの問いかけに、ぼくはすぐさま「はい」とこたえた。
「出会って短い間でしたが幸せでした。居心地がいいといえば自己満足な気がしますが、もっと一緒にいたくて通いつめました。この身が朽ちたら、魂魄だけでもあの山に参りましょう」
「勝手に死ぬんじゃないわよ、ばか弟子!」
ガシャンと金属の音が響いて、格子が開く音がした。
「行きなさい。あなたの潔白は証明できないままで、人間の間からはあなたは裏切り者と後世まで罵られるでしょう。それでもいいなら行きなさい」
「でも、ここから逃げたら梅田さまが…」
「ひとに見つかるへまを私がすると思う?」
ふん、と荒い鼻息が聞こえた。
「潔白が証明されるのをここで待つというなら話は別だけど?」
その選択はないとわかっている梅田さまの口調に、涙がでそうだ。
「今まで育ててくださった恩をなにひとつ返せずに、申し訳ありません」
「小松ちゃんが幸せになってくれるなら、それが最高の恩返しよ。あなたの幸せを願って、前の養い親もあなたを遠ざけたのだと思うわ」
梅田さまはぼくの愛用の包丁と札をぼくに渡した。
はじめから、ぼくが出て行くのを想定した行動だ。
渡される際に触れた手が、かすかに震えていた。
「お別れよ、小松ちゃん。悔いのないよう生きるのよ」
はい、とこたえたかったのに、声が喉につまって返事もままならなかった。
仲間から逃げるのは、人間側から逃げるという意味だ。
トリコさんたちのもとに行くぼくに迷いはなかった。
続く