「トリコロール」
平日の昼過ぎ、予告もなしに現れた美食屋トリコに、準備中だったレストラングルメのスタッフ一同がどよめく。慌てて小松はトリコに駆け寄った。
「夕方からの営業は5時からです」
「今日は飯を食いに来たんじゃねえよ」
トリコが小松に渡したものは筒だった。学校の賞状いれを小松は思い出すが、なにかをもらう予定でも誕生日でもない小松は首を傾げた。紙類が入っているにしては重くて中身の想像ができない。
「なんですか、これは?」
「弁当だ」
トリコが自信たっぷりに言うので、小松は促された訳ではないがふたをあけた。筒を逆さにすれば中身がでてくる。
「のり巻き? って、今日は節分でしたね」
「節分の日に太巻きを食べる地域があるだろ? 作ってみたぜ、トリコロール」
カリフォルニアロールを言いたいのだろう。トリコロールはお菓子の名前だと小松は突っ込みたかったが、自分作のものに自分の名前をつける子どもっぽさが微笑ましくて笑った。
「トリコさんが料理なんてどうしたんですか?」
あまりの珍しさに小松は聞いた。
「弁当ぐらい作れる」
言われて、そういえばでかいおにぎりを食べていたのを小松は思い出す。
「ササノニシキの米を炊いて、酸味はプラチナレモンの果汁を使った。醤油バッタの醤油で漬け込んだ赤身魚をメインに、アボガドやたまねぎのスライス、羽衣レタスで巻いてみた。もしかしたら味が濃いかもしれない」
食べるのが好きなだけあって、トリコも凝るときは凝るのだと小松は感心する。
「ありがとうございます。早速みんなで・・・」
「料理長、食事休憩に行ってきてください!」
スタッフが声を揃えて叫んだ。みな、それぞれ大きくうなづき、上司を厨房から追い出そうとする。
「今日は天気もいいので公園へ!」
「冷えるといけないので暖かいお茶を!」
「ランチのスープもホットカップに用意しました!」
「トリコさんにはランチの残りで申し訳ありませんが、アラカルトエトセトラの詰め合わせを!」
「一斤で足りないのは承知していますが、グルメブレッドのパンも持っていってください!」
スタッフの連携プレイに小松があっけに取られている間に、ふたりは本当に厨房から追い出された。
小松の手にはのり巻き、トリコの両腕にはお土産がたくさんある。
「みんなの好意にあまえてお外でランチとしゃれ込むか?」
トリコがにやにやと言う。
「トリコさんの差し入れ、みんな食べたくないのかなぁ?」
小松ひとりがわかっていない様子だ。
「差し入れじゃねえよ。おまえひとりにあげたの。じっくりゆっくり食べてくれ。時間はもらったし?」
「そ、うですよね!」
釈然としないものを感じながらも、トリコとご飯が食べられる喜びに小松は笑顔でうなづいた。
「さすが四天王、隠そうともしない牽制振りだ」
「料理長の天然振りはおれたちを死に巻き込むところだったぜ」
「せめて普通に太巻きって言ってくれたらいいのに、トリコロールだなんてあからさますぎる」
「それに気づかない料理長も最強だな」
厨房では九死に一生を得たスタッフらが胸を撫で下ろしていた。
終わり