私なりのチェインアニマルネタです。
Welcome to my territory.
グルメ研究所所長マンサムの「食事だ!!」の一言で、空気が一転した。崩壊したバトルコロシアムにはまだ燻ったものが残っているが、トリコはいつまでも引きずらない。食事と聞いて大人しくしていられる性分ではなかった。
「わしのフルコースをごちそうするぞ」
用意されるメニューからマンサムの気合が伝わってきた。楽しみに胸が高鳴る。同行したシェフにとってもマンサムのフルコースはいい刺激になるはずだ。想像すれば二重の楽しみとなった。
「ラッキーだぜ、おれたち」
コロシアムの客席を見上げれば小松の浮かない表情が目に入り、トリコの気持ちがわずかにしぼむ。
トリコは壊れた左手と、傷だらけの体を見た。常人がドン引きするのも仕方ない。
(まあ、賭けだった訳だし)
言い訳じみた呟きを胸の内でこぼす。
(・・・ても、仕方ねえか)
食事の準備が整う間マンサムから着替えるようにと言われた。片手を怪我したトリコを気遣い小松が着替えを手伝うと申し出る。
ロッカールームで服を脱いだトリコを、小松はベンチに座らせて濡れたタオルで血や煤で汚れた体を拭いた。シャワーのほうが早いといえば、けがに障るからといって却下される。体積の広いトリコの体を拭くのは一苦労のはずだが、小松は黙って作業をした。
(怒ってる?)
小松の口数の少なさに、トリコは原因を考える。
小松にとって研究所はかけ離れた世界だ。倫理、動物保護といった観点からすれば問題の多いこの場所を、健全な精神をもつ青年がなにも感じないほうがおかしい。
自分を知ってもらいたくて、シークレットといわれる研究所にヨハネスを説き伏せて小松をつれてきた。時期が早かったかもしれない思いもあるが、知ってほしいと願った瞬間に舞いこんだ依頼に運命を感じて抗えなかった。
自分が生きてきた世界を見せる絶好の機会だ。リーガルマンモスをえさに見せられた小松がどう思うか、考えなかったとは言わない。
ふいに、タオル越しに小松が震えているのを感じた。背中を拭いているため振り返ってみるものの小松のつむじしか見えない。
「どうした?」
声をかければ、なんでもないというように小松が頭を振る。
「・・・おれが怖いか?」
震える理由が思いあたらず口にすれば、汚れたタオルがトリコの顔にヒットした。
「トリコさんのにぶちん!」
今まで大人しかった小松が一転して激しく叫ぶ。
「ぼくは怒ってるんです。なんでわからないんですか、なんでのほほんとできるんですか!」
小松の迫力にトリコは押される。
「悔しい、ぼくは悔しい」
小松がいきなりロッカーのスチールを両手で殴った。がんがんがんとロッカーを連打する。
「ばか、料理人が手を乱暴に扱うんじゃねえ」
「傷だらけのトリコさんを殴れないからロッカーに八つ当たりしてるんです」
小松が叩いたところでトリコは蚊も刺されたふうに感じないが、殴りたいほど彼が怒っているのを知り衝撃を受けた。
「なんで怒るんだよ?」
なおもロッカーを叩く小松の腕を掴んでトリコは止めた。
「好きなひとがひどい目にあったのを知って、黙っていられますか!」
小松の悲鳴がトリコの耳に突き刺さる。
「チェインアニマルってなんですか、バトルコロシアムで闘ったことがあるって。トリコさんがバトルコロシアムに現われたとたん客席が沸騰したのを見て・・・冷静でいられるはずないじゃないですかぁ」
悔しいと連呼する小松の目から涙が溢れる。とめどなく流れる雫は、トリコの拳を濡らした。
「トリコさんを見世物にしたひとが許せない。トリコさんを賭けの対象にしたひとが許せない。こんな悔しいことはない。ごめんなさい、なんの力にもなれなくて」
小松が謝る必要などないのに、彼の謝罪はトリコの胸になにかを落とした。
彼の心を傷つけて申し訳ない気持ちがいとしさに変わる。トリコの手のなかにある小松の手は小さい。その小さな手でトリコを包もうとする。
嬉しさにトリコは不覚にも泣きそうになった。
「ありがとな、おれのために怒って、泣いてくれて。おまえに好かれているって自惚れていいか?」
トリコが聞けば小松の涙は止まり、次にまっかになった。
「好きって、好きって、その」
小松は目を泳がせている。好きだと叫んだのは勢いだけで、覚悟がともなったものではなかった。そしてトリコは混乱する彼を、隙あらば逃げようと迷う青年を逃がす気はない。
「おれは好きだぜ」
逃げ場を塞ぐようにトリコは告げる。
自分を知ってほしいと願った。小松が研究所に潜む醜さに嫌悪を覚えるかもしれないと危惧した。トリコの生い立ちを知った小松が、ほだされるのを期待してなかったと言えば嘘になる。
くだらぬトリコの思惑など、想像できない想いで小松はこたえてくれた。
「おれにはまだ話せないことがたくさんある。話せばおまえを傷つけるかもしれない。それでもいいなら来てほしい。おれと来ることは危険区域並に危険だが・・・」
「慣れましたよ」
小松がトリコの話をさえぎる。
「だから着いていきます」
潔い宣言にトリコは小松を抱きしめた。腕の中に小さな体が納まる。トリコがこの腕にひとを招きいれたのははじめてだった。
小松の腕がトリコの首に回されるが、首が太すぎてしがみついているようにしか見えないのは愛嬌だ。無力だといって泣いた腕が本当はトリコを救っているなど、本人は知るよしもないだろう。
トリコの背負うものごと小松が受け入れるかどうか、一か八かの賭けだった。真実を知った後、彼がどう思うか想像するのも怖かった。
嫌われても仕方ないと、心のどこかで諦めていた恋だ。
ようこそ私の腕のなかへ。歓迎します。
そんな不思議な声が聞こえた。
終わり